ロス日本食店襲ったアジア人ヘイト犯罪の全貌 被害受けたマネジャーが語る一触即発の瞬間

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ヘイトクライムの被害はこれだけにとどまらず、「店内で誰かが刺されたんだって?」などという事実とまったく違う情報が流れてしまうことにAさんは心を痛めていた。「投石時、店内は無人でしたし、スタッフもお客さんも誰もおらず、誰も怪我などしていないんです。個人的な恨みがあってうちの店が狙われたわけでもありません」。

レストランである以上、顧客や住民たちに「トーランスの日本食店に行くのが怖い」と思われてしまうとしたら、そのこと自体が、ヘイトクライムの2次的な被害でもあるのだ。

メキシコ人店長がいま感じていること

事件後の昼時に「Matsui」を訪れると、ひっきりなしにテイクアウトの注文が入っており、店長のアルトゥロ・ラミレスさんが大忙しで笑顔で対応していた。「幸い、事件後も多くのお客さんが来店してくれ、私たちは1人じゃないんだ、と励まされています。今、店内での飲食はできないし、スタッフの数も減らさなければならなかったけれど、お客さんの数は安定していてほっとしています」と語る。

「Matsui 」店長のアルトゥロ・ラミレスさん。メキシコのオアハカ出身。同店で19年間勤務している(筆者撮影)

ラミレスさんはメキシコ出身で、2001年から実に19年間もこの「Matsui」で働いており、なじみ客の子どもたちが成長するのもずっと見守ってきた。自身の3人の子どもたちはメキシコ料理よりも日本食になじんでおり、今年は家族で初めて日本旅行するはずだったが、コロナで延期したという。

「レイシズムが原因の犯罪が起きたことはショックですが、犯人は精神的な問題があったと聞いています。私個人は、メキシコ人に日本食レストランの店長が務まるのか、とずっと昔に1度だけお客さんに言われたことがありましたが、日本人ボスたちが私を起用して、信頼し、店を任せてくれていることがすべてです。そして、それがカリフォルニアという土地なんです。人種にかかわらず、私たちは皆、お客さんのために、一生懸命仕事をして、喜んでもらいたいだけです」。

トーランス市長のパトリック・フェーリー氏は「この市の人口の約40%がアジア系で、市内では80カ国の言語が話されている」と言い、差別廃絶を目指すと宣言した。

Aさんは言う。「事件後、アジア人がほとんどいないような店は、避けるようになりました。今までは気にしないで買い物に行っていたドーナツ屋さんもやめておこう、とか。正直、そう思ってしまうのが、悔しいんです。アジア人だけと関わっていればラクで安全だと思ってしまうのも、ちょっと悲しいですしね」。

誰もが自分をマイノリティーだと感じながら、お互いを思いやって暮らせる街──。Aさんはトーランスをそう形容する。他国から移り住み、この街を自らのホームだと感じているAさんやラミレスさんは、今日も、作りたての寿司や天ぷらなどの日本料理を、コロナ禍の住民たちに提供し続けている。

長野 美穂 ジャーナリスト

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ながの みほ / Miho Nagano

米インベスターズ・ビジネス・デイリー紙記者として5年間勤務し、自動車、バイオテクノロジー、製薬業界などを担当した後に独立。ミシガン州の地元新聞社に勤務した経験もある。

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