格ゲー「鉄拳」世界最強の男が明かす強さの秘密 なぜパキスタン人はゲームが超絶うまいのか

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出場したEVO JAPANでは最初から勝てるとは思っていなかった。

「でも力の差は正直、感じませんでした。パキスタン人のプレイスタイルはユニークです。アメリカ人のように攻撃を重視しますが、日本人のように守りにも徹する。それが、パキスタンの外の国の選手にあまり知られていなかった。でも僕は、日本などのプレイスタイルはネットで見ていたので知っていました。そこが有利に働いた結果だと思います」

アッシュのコントローラーさばきは独特だ。ボタンは右手の指先で軽く、静かにタッチする程度。多くの日本人選手がボタンを激しく叩くのとは対照的で、その無駄を省いたしなやかな動きは「ピアノスタイル」と呼ばれる。

そんなアッシュが日本で勝利を収め母国に帰国すると、彼を取り巻く世界は一変した。

「パキスタンでは、海外のゲームトーナメントで優勝するのは歴史的に初めてのことだったので、国民は皆、驚いていました。そのおかげでテレビやラジオ、新聞のインタビューを20以上は受けました。海外からも、日本、韓国、アメリカ、ドイツの取材を受けましたね。

パキスタンでも日本と同様にゲームに対するイメージはあまりよくありませんが、僕が優勝してから、少し見方が変わったように思います。国のスポーツ担当大臣も結果のことを知っていてくれたみたいで、今後eスポーツをパキスタンにどう広めていくか、近々お会いして相談する予定です」

「EVO JAPAN」の3カ月後のゴールデンウィークには、日本人選手たちが大阪で企画したイベントに招待された。ところが、パキスタンと隣国インドの間で軍事的な緊張が高まり、治安悪化からアッシュが利用するはずだったラホール発の飛行機が欠航。州都カラチまで移動してなんとか日本へ飛び立つことができた。イベントでは韓国の最強プレイヤー、knee(ニー)選手に敗れはしたが、誰もがその強さを認める闘いぶりだった。

そして同年8月にアメリカ・ラスベガスで開催された世界大会「Evo」の鉄拳部門では、knee選手への雪辱を果たし、再び世界最強の称号を手にした。

なぜパキスタン人は強いのか?

世界一に輝きながらも、「パキスタンにはまだまだ強い選手がいる」と口にしていたアッシュ。なぜ、パキスタン人はそんなに強いのか。その問いに、迷いながらもこう答えた。

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「この質問には正直、自分でもはっきりした答えが見つかりません。おそらく、それほどお金に恵まれていなかったからかもしれません。負けたらお金を払ってゲームをしなければならない。お金がなかったので、負けたくなかった。だから強くなったんでしょう」

だが、経済的に恵まれていないことが強さの秘訣であれば、パキスタンと同じ水準の経済力の他国からも強い選手がもっと現れるはずだ。そう尋ねると、

「なんでなんだろう。やっぱりわからないね」

アッシュはまた白い歯を見せて笑った。人はそれを“才能”と呼ぶのかもしれない。だが私には、その一言では語れない何かが彼のなかに潜んでいるような気がした。

すいのこ プロゲーマー

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Suinoko

1990年、鹿児島県生まれ。本名・桑元康平。鹿児島大学大学院で焼酎製造学を専攻。卒業後、大手焼酎メーカー勤務を経て2017年に上京、eスポーツのイベント運営等を行うウェルプレイド株式会社に企画職として就職。2019年5月より、同社のスポンサードを受け、「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズのプロ選手として活動中。

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