「ホームレスを殺す若者」を25年追う女性の真意 実の父を追いつめた彼女が歩んできた道

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周辺には男3人の影。背負っているリュックに投石を受けた。途中、自転車が動かなくなり、草むらに倒して走る。後ろから渡邉さんがついて来るのがわかったが、そのまま先を急いだ。堤防を越え、現場から約1キロ離れた住宅地の路上で「しっこたれとるぞ!」という男の声が耳に入った。振り返ると、渡邉さんが路上に倒れ、男2人が田んぼを突っ切って逃げていく姿が見えた。Aさんは近くの公衆電話から通報した。

「警察と一緒に現場に戻ってきたところ、渡邉さんの頭のまわりは血で染まっていました。私が“来たよ!”と声をかけたら、かすかに返事をしたような気がしました」

渡邉さんは6時間後、搬送先の病院で息を引き取った。

「雨の日も風の日もアルミ缶を集め、そのお金で猫に餌をやるような人でした。本が好きで、よく図書館にも行っていましたね。最後には私を助けてくれた。犯人の5人は絶対に許さない。償ってほしい。命の大切さを誰もが感じていれば、こんな事件は起きなかった」

そう語るAさんの口からは深いため息が漏れた。事件後、初めて生活保護を受給し、現在はアパート暮らし。そこから毎日、河渡橋に足を運んでいるという。

長年、襲撃現場での取材を続けてきた北村さんは、こう持論を展開する。

「実際に石を投げた3人は確信犯ですが、残り2人はどうして通報しなかったのか。それは傍観者が何もしないことで加担するいじめの構造と同じです。襲撃は加害者の子どもだけではなく、ホームレスを日ごろ差別している社会の共犯性の問題。見て見ぬふりをしている、助けようとしない人たちにも原因はあります。それは無関心の暴力です」

とりわけ今回の事件で特徴的だったのは、Aさんという“生き証人”の存在だ。それが北村さんの使命感をかき立てた。

「Aさんが生きていた。しかも女性の被害者だった。そのことが大きくて。私が行かなければ誰が現場に行くんだという気持ちになりました。私が関わる以上、Aさんも支援するだろうし、加害者の生い立ちや背景を知れば、おそらくその子にも関わることになる。今までの取材経験上、途中で“はいサヨウナラ”はできないんです」

現場での取材を終えた北村さんは、代表理事を務めるHCネットなど関連4団体で、ホームレス問題の人権教育の実施などを求める要望書を加害者が通う朝日大学、県教委、市教委に申し入れた。

父に浴びせた「ひと言」の重み

なぜホームレス襲撃事件の、それも被害者だけでなく、加害者の問題にも向き合い続けるのか。

「実は私自身も加害者の意識があります。自分の間違いで大切な人を追い詰め、死なせてしまったという罪悪感、自責の念に長くさいなまれてきました」

小学6年生の北村さん(いちばん左)。周囲の大人たちからは常に「しっかり者の年子ちゃん」を期待されていた(写真:週刊女性PRIME)

滋賀県彦根市出身の北村さんは、幼いころに両親が離婚し、物心ついたときには、父方の祖母に預けられ、その後は叔父夫婦のもとで育った。

父は若くして材木店を経営していたが、借金の保証人になって家を抵当に取られ、蒸発した。残された母は、北村さんを祖母に預けて実家へ戻り、一家は離散した。

ところが北村さんが6歳のとき、京都で洋裁の仕事を身につけた母のもとへ引き取られることになる。

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