日本人は「1億総中流」崩壊の深刻さを知らない コロナで自営業者や個人事業主が苦しんでいる

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小さな商店や町工場が多数あるからこそ、多様で個性的な商品が流通し、ニッチな分野での商品開発も進んできた。最低限の生活は大量生産・大量消費でも可能かもしれないが、それ以上の部分は旧中間階級の存在による部分が大きい。

また多くの労働者が、町工場や商店の主になることを夢見て働いてきた。新中間階級のなかにも、独立して起業しようとする人は多い。旧中間階級という身近な目標が失われることは、社会にとって大きな損失である。

旧中間階級と非正規労働者は、密接な関係にある。飲食業やサービス業を含む多くの商店がパートやアルバイトを雇い、雇用の機会を提供してきた。一般に低賃金であるところに問題はあったし、また雇用は安定していることに越したことはないが、学生や主婦など人生の一時期だけの雇用に対するニーズを満たすという意味はある。

社会は「旧中間階級」を支えよ

だから窮地に陥っている自営業者や個人事業主を社会全体で支えること、そしてその基盤をさらに安定したものにしていくこと、このことを通じて非正規労働者の雇用を安定させ、さらにはその労働条件を改善していくことは、現代日本の直面する喫緊の課題である。

いまここで旧中間階級を衰退させてしまうようなことがあってはならない。そうなれば生活の豊かさと社会の多様性が、大きく損なわれるだろう。そして、すでに深く進行してしまった「中流崩壊」は、最終的に完成するだろう。

『中流崩壊』(朝日新聞出版)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら

「総中流」がいくら幻想を含んでいたとしても、たしかに「中流」の人々は存在していた。また「中流の崩壊」が語られるようになって久しいが、いまでも「中流」の人々は、たしかに存在している。

ある時期までの日本人が「総中流」をもてはやし、またこれを信じたのは、それが社会のひとつの望ましいあり方を示していたからだろう。誰もが豊かで幸せな生活を送ることのできる社会という理想が、ここには含まれている。

したがって、単なる幻想と片付けるわけにはいかない。現実の社会を、ここへと近づけていく努力を放棄してはならない。新型コロナ禍を経験したいま、旧中間階級を守り抜くことは、そのための第一歩である。

橋本 健二 早稲田大学人間科学学術院教授

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はしもと けんじ / Kenji Hashimoto

1959年、石川県生まれ。東京大学教育学部卒業。東京大学大学院博士課程修了。現在、早稲田大学人間科学学術院教授。専門は社会学。

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