北朝鮮、連絡事務所「爆破」に出た本当の理由 実利と感情で韓国に仕掛けた正面突破作戦

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ビラの内容は例えば、1950年の朝鮮戦争は「北朝鮮からの侵攻から始まった」という史実に関するものや、金委員長の私生活に関する真偽が不確かな内容まで記されている。日本で言えば、ネット上に氾濫している罵詈雑言のような類いの記述もある。日本や韓国からすれば「その程度で」と言えなくもない内容だが、そこは政治体制も国民の考え方も違う北朝鮮。彼らからすれば、それこそ耐えられなかったのだろう。

6月4日の談話以降も、北朝鮮メディアはビラを散布した脱北者らは「人間のくず」「背信者」「醜悪な駄犬」といった表現を使って強く批判してきた。6月上旬には北朝鮮各地で「脱北者を糾弾する」集会まで開いた。ここまで抗議の意を表明するのは珍しい。

韓国政府に対しても、「民間団体の表現の自由、活動の自由であるため政府は干渉できないと詭弁を弄している」と批判した。爆破の翌17日には、「自分の家のことも収拾できない自らの無力無能」(北朝鮮・祖国平和統一委員会ウェブサイト「わが民族同士」)と述べ、軍事的緊張と衝突の根源はビラ散布にあると公言している。

計画されていた北朝鮮の行動

北朝鮮にとって今回のビラ散布は、韓国に対する強硬措置に出るよい口実になったのだろう。とはいえ、北朝鮮の真の目的は「実利」を得ることだ。

それは、2019年末の朝鮮労働党第7期第5回総会で明らかにされた「正面突破戦」という言葉から推察できる。今回の言動も、少なくとも党総会の時点で大枠、あるいは具体的な中身まで決定されたものだろう。

核実験やミサイル発射といった北朝鮮の対外的な行動は、日本やアメリカなどから見ると突発的、衝動的な行動と捉えられがちだ。それは、北朝鮮は閉鎖的な国であり、外国との要人の往来も少なく、当然、入ってくる情報が極端に少ない。そのため、北朝鮮の実態はきちんと見えづらい。しかし、北朝鮮の行動は基本的に中長期的な戦略に沿って立案され、その予定に従って実行に移すのが北朝鮮のやり方だ。

今回の行動も、正面突破戦の戦術の1つとして2019年末に決定され、2020年早々の実行を予定していたのではなかろうか。党総会の内容には韓国への言及はなかったが、これは1月に行動するつもりだったので、直前まで手の内を示す必要もないと考えた可能性がある。

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