「ちきゅう」はどうやって掘っているのか 海洋研究開発機構の地球深部探査船に行ってきた②

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掘削にはさまざまな段階があり、それぞれに難しさはあるに違いない。それは分かった上で、あえて澤田さんに聞いてみる。どこが最大の難所なのか。その答えは、ここぞという場所を掘り進める最初の一歩となる、井戸の設置の時だという。海には海流がある。井戸やパイプをまっすぐ下ろしたつもりでもたなびいてしまう。ちきゅうの研究フィールドの一つである南海トラフでは最大6ノット(秒速3メートル、つまり時速10キロ)という潮流の中、井戸を設置したという。

微妙な位置調整のためには、船を動かす。全長210メートルの船を相手に「50センチこっちに」とか指示を出して。その緻密さは素人には理解できない。

その緻密な芸当をやってのけられるのは、技術のみなさんに腕があり、また、ちきゅうが独自の推力システムを持っているからだ。

進む能力より留まり続ける能力

一般に船は、進むためにある。しかし、ちきゅうの目的は掘削なので、進む能力よりもそこへ留まり続ける能力が求められる。波があろうと海流が強かろうと、進行も回転もしてはならない。そんな無理難題を可能にしているのが、船底に備えられた6基のアジマスラスタである。アジマスラスタとは、水平方向に360度回転する軸についたプロペラのこと。ちきゅうは航海時の推力もこのアジマスラスタから得るが、本来の力を発揮するのは停船しての掘削中だ。船を動かさないように、戦車が着地旋回をするかの如く、このアジマスラスタ群をフル稼働させる。

アジマスラスタの指令所は、操舵室にある。そして、担当者は1時間ごとに交替する。そうしないと集中力が途切れて、ミスをする可能性があるからだという。じゃんじゃん選手交替してベストコンディションを保つアイスホッケーチームのような布陣で、掘削を支えているのだ。

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食堂はビュッフェ形式

掘削を支えている人たちを支えているのは、食堂だ。航海中は24時間操業となるちきゅうでは、食堂は6時、12時、18時、24時にそれぞれ2時間オープンする。

ビュッフェ形式なので、好きなものを好きなだけ食べられる。ちきゅうは前述のようにスラスターで姿勢が制御されているため揺れない。そのため船酔いがないので、普段は陸上にいる研究者たちは太ってしまうという。

少しだけ食堂を覗くと、生野菜のサラダやぶりの刺身、ラムラックのソテーなどが並んでいた。どれもビールのつまみにももってこいだ。

ところがここで、衝撃の事実が明かされる。ちきゅうはドライシップ、つまり酒は厳禁の船なのだ。危険を伴う掘削船は世界中どこを見てもたいていがそうで、持ち込む荷物もしっかりチェックされるという。そうと知ると、とたんになんとかドライという飲料を飲みたくなるのが性である。ちきゅうよ今日はありがとう。今度は、晴れた日にも来たい。停泊中ではなく、バリバリに稼働中にも。

必ずここへ帰って来ると手を振る人に笑顔で答え、さらばちきゅうよ! 使命を帯びて戦う男、もえるロマン。今回も数十年前の職業選択を誤ったと後悔しながらの帰路であった。

(構成:片瀬京子、撮影:尾形文繁)

成毛 眞 元日本マイクロソフト社長、HONZ代表

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なるけ まこと / Makoto Naruke

1955年北海道生まれ。元日本マイクロソフト代表取締役社長。1986年マイクロソフト株式会社入社。1991年、同社代表取締役社長に就任。2000年に退社後、投資コンサルティング会社「インスパイア」を設立。現在は、書評サイトHONZ代表も務める。『amazon 世界最先端の戦略がわかる』(ダイヤモンド社)、『アフターコロナの生存戦略 不安定な情勢でも自由に遊び存分に稼ぐための新コンセプト』(KADOKAWA)、『バズる書き方 書く力が、人もお金も引き寄せる』(SB新書)など著書多数。

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