「被害者支援」を軽々しく口にする人たちの特徴 福祉には熱意や情熱よりも大切なものがある

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

②洗脳

あなたは悪くない、相手(親や配偶者等)が悪いと何度も繰り返し、反論を許さない。例えば母親が子どもを殺めてしまったことさえ、「あなたが悪くない」と洗脳してしまい、殺めた事実に向き合うことをさせないために、残されたきょうだいにも再加害する事例も見られます。これら洗脳する者は、立ち回りがDV加害者そのものであり、よって被害者の回復にはつながりません。

よくある言葉として、「当事者のことは当事者しかわからない」論、「私のところに来れば大丈夫」論などがあります。個人の経験や実体験による感情的ケアしかできず、代表の多くは学位も専門的資格もなく、断定的な口調を取るのでメディアにも注目されやすいです。

③利用

「あなたの経験が社会を変えるのよ」というキーワードで参加させ、メディアなどで、自分の体験を語らせてしまう。承認欲求の一時的な充足にはつながるが、その後SNSなどの評判や、その事実を知った友人などが離れていくなどでメンタルが悪化しつつも、そのケアは行わない。実際に当事者が当事者を利用する例としてよく見られます。

そもそも出自について語らせたりそれを判断材料にするのは社会生活では必要がなく、治療等目的がない場合には言わなくていい情報です。素人が聞き出すべきではありません。

これらの行動を取ってしまう人(団体)の特徴を調べていると、根本的理由としてトラウマの回復がなされていない元当事者(被害者)がその埋め合わせのために被害者を利用することにつきます。

そして特徴の1つとしてSNS発信があります。例えば凄惨な虐待死が起きるとすぐ反応します。昨年では千葉県野田市や東京都目黒区で虐待死事件がありました。ともにDVが関連していたケースです。この事件時、DV夫が悪い、母は悪くないなどの書き込みが見られました。

しかしその書き込みを将来その子ども(きょうだい)が見たときにどう思うかなどを考えない、つまり残された子どものことを一切考えず怒りに任せ社会に提示するという点で、やはり対人援助職の専門家としてのスキルがまったくないということが露呈してしまうのです。

さて私はある研究で、この分野の専門家と一緒に、利用されて傷ついた被害者が最後に行きつく場所へ行って調査をしています。それは精神科閉鎖病棟だったり更生保護施設だったりさまざまなのですが、フラッシュバック、再被害の怖さを目の当たりにしています。被害者が傷つき、そして頼った団体でさらに再被害を受けてしまうことを防ぐことが、この分野のマクロ政策の1つの課題です。

福祉には熱意よりも大切なものがある

行政では例えば児童虐待で凄惨な被害があった場合、再被害やPTSDの影響を極小にするために、司法面接(被害確認面接)というのが行われます。被害を受けた人が児童相談所、警察、検察などから何回もその事実を聞かれることは適切ではありません。よって司法面接が実施されつつあります。「被害を聞く」行為はそれほど慎重にやらなくてはいけないということです。

さて、人の関わる福祉として私が常に主張しているのは、「やる偽善よりもやらない偽善が正しい」です。同じ福祉でも震災のがれき処理などのボランティアは、どのような人格であっても、結果(がれきが取り除かれた)が明らかです。つまり人格<効果なのです。

しかし、人が対象(子どもや被害者)となる福祉は、むしろ関わることで害になるものがあります。人に関わる援助者が注意すべきこととして以下が挙げられます。

●熱意があり能力がある→実践して有効
●熱意がなく能力がある→実践しないので無害
●熱意がなく能力がない→実践しないので無害
●熱意があり能力がない→実践してしまい悪影響を与える最も害悪
次ページ気軽に対応できる分野ではない
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事