ISAKの設立にかける思い
2008年8月、フィリピンでの駐在を切り上げて帰国し、学校設立に向けて始動する。2009年4月、設立準備財団を立ち上げ、代表理事に就任した。帰国したタイミングではリーマンショックに見舞われ、出資を予定していた人たちの経済状況が一変して、自分の給料も出ないという状況になった。
しかしそんな中でも、小林自身のパッションが途絶えることはなく、それまで積み重ねてきた経験やスキルを十分に生かしながらベストパフォーマンスを発揮し、様々な困難を乗り越えてきた。
2012年夏、実際の学校をイメージしたサマースクールを開催したことで、さらに大きな共感と支持を得ることになる。そしてその多くの人々の期待とともに2014年9月の開校が迫っている。
困っている人たちを直接助けたいという思いから、世界を変える、牽引する人(リーダー)を育てたいという発想の転換は、いかにして起きたのか?
「フィリピンでの経験で、汚職が蔓延する格差社会において、貧困層を直接教育するだけでは何も変わらないと思った。政治家や政府機関など社会に関わる人々の意識を変えないと、根本的な問題を解決するのは難しいではないかという疑問が湧きあがっていた。そんなとき谷家の話を聞いて、世界を変える、牽引する人(リーダー)を育てることは必要ではあったが、誰もやっていないと気づいた。自分もどんな現場においてもリーダーシップ教育は必要だと思っていたが、そういう場や機会がそれほど多くないことも分かっていた。困っている人たちを直接助ける仕事は、世界にいろいろな機関があって希望者がたくさんいて、自分でなくてもやる人はいくらでもいる。でも、このリーダーを育てるという事業は自分にしかやれないと思ったし、手掛けたいと思った。
また、悶々としていたとき、いろいろなオプションを考えた。社会格差に梯子をかける意味で、貧困層への融資事業(マイクロファイナンス)やソーシャル・ベンチャー・キャピタルを立ち上げることも考えたが、自分自身が全寮制の学校(カナダのインターナショナルスクール)で高校生活を送っていたので、学校を設立するといったとき、設立すべき学校のイメージがはっきりと見えたというのも大きかった」と語る。
小林は今、やっと人生の点と点がつながったという実感がある。
「高校の中退に始まり、カナダのインターナショナルスクールへの留学とメキシコでの滞在、ビジネスの経験、フィリピン駐在など、全てのことが、現在の学校設立において生きている。その中でたくさん悩み続けてきたが、無駄になることは何一つなかった。何かぴんとくるものがあれば、すぐに行動し、どこにいても120%の全力を尽くすことが重要。それが運と縁をつくり出す。そして、悩んだときは、同じ志、価値観をもっている人たちとコンタクトとり、自分のこうしたいという思いを発信すると、必要な情報が必ずやってくる。それは偶然ではなく必然なのだと思う」と語った。
▼田久保の視点
自分に関係する人たちや仕事に最善を尽くし切れたかという問いに「YES」と応えられる毎日を送っていれば、自ずと運や縁が積み重なっていく。運も縁もつくっていくのは自分。そして自分自身が発信することで刺激を受けて運や縁を引き入れる。そういう意味でも「120%の全力を尽くす」という言葉の重みを感じてほしい。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら