島根県の「小さな島」が3年連続で人口増の裏側 人口635人の村でいったい何が起きたのか?

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知夫村によると、1950年に2349人あった人口は、2009年には582人(いずれも総数)にまで落ち込んだ。松江市の七類港からのフェリー便は1日1便のみ(片道2時間)。高速船は隣の西ノ島(西ノ島町)や中ノ島(海士町)には立ち寄るが、知夫村には来ない。交通の便の悪さも影響してかつての隆盛が嘘のように人口が減り続け、村は衰退していった。

当時の村長は、村の広報誌に記した施政方針の中で「知夫村が生き残っていくためには、産業振興、事業創出、定住促進は絶対必要条件と信じます」と悲壮な決意を披露している。

そんな厳しい時期を乗り越え、知夫村の人口は2016年からの3年間、12人、9人、24人と小規模ながら増え続けている。3年間で45人増だ。2018年の人口増減率は3.93%で、東京都千代田区の3.73%を上回り、全国1位となった。社会増減率4.42%も同じく1位である(総務省調査より)。

そもそも人口が少ないので、割合にすると値が大きく出るが、それでも人口減少の中、3年連続で増加しているのはすごいことだ。人口増加の背景には、離島という地理的に不利な条件を逆手に取った政策があった。

離島ならではのアイデアを実行!

2015年に打ち出した「知夫村まち・ひと・しごと創生総合戦略」だ。この中に「知夫里島に向かう新たな人の流れをつくる」という政策分野がある。そこに登場するのが「島留学の推進、学校を核とした地域活性化の取組」である。

知夫村の小中学校の児童数は当時36人(2016年8月)にまで落ち込んでいた。2022年には22人まで減少すると見られていた。1959年には小学生が359人、1962年には中学生が187人いた。500人以上いた小中学生が激減してしまったのだ。

島留学生たちが通う村立・知夫小中学校(知夫村役場提供)

「このままでは学校の存続も危ういという危機感がありました。そこで総合戦略に基づいて、平成28(2016)年に村を挙げて教育を魅力化するためのプロジェクトチームを結成し、会議を重ねました。

そして『600人の家族とくらす島留学』というコンセプトの下で留学生の募集と受け入れ態勢の整備を進め、島留学をスタートさせました」(地域振興課の担当者)

成果はすぐに表れた。2016年夏の短期体験に大阪から参加した家族は、この体験をきっかけに移住を決断し、11月に移住。中学1年生の子どもが村立・知夫小中学校に転入した。

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