ローマ教皇38年ぶり訪日の「3つの意義」とは 核兵器・環境・労働にこめられたメッセージ
こうした危機に瀕する多国間外交の枠組みによる地球温暖化問題について、フランシスコ教皇の説く人間と自然との共生のメッセージを受け、日本は自然災害の被災国としてだけでなく、多国間の国際枠組みを重視する外交戦略の面からも、対応が求められている。9月の国連気候行動サミットで、トランプ大統領を睨みつけたグレタ・トゥーンベリさんの勇気に見習い、日本も真剣に取り組む姿勢が求められる。
人間の尊厳としての「労働」
最後の「労働」であるが、カトリックの教えでは「労働」は人間の尊厳の源泉である。その根拠は、1891年に教皇レオ13世が発出した『レールム・ノバールム――資本と労働の権利と義務、労働者の状態について』(以下『レールム』と略記)にある。レールム・ノバールム(Rerum Novarum)とは、新しき事柄、という意味である。
1848年にマルクスが出した『共産党宣言』に対抗するために、カトリック教徒が労働運動や労働組合に加入することを正式に認めた内容である。マルクス主義的な共産主義革命や階級闘争は否定するが、労働者の権利を認め、資本家に対して搾取を禁じた、階級協調のメッセージである。
国際労働機関(ILO)は、国際連盟が設立された1919年に、その姉妹機関として設立され、現在も存続する最古の国際機関である。1944年には、「労働は商品ではない」などの条文で知られ、戦後の活動方針を定めるフィラデルフィア宣言の採択によって刷新が図られ、1945年に国際連合が創設されると、翌1946年にはその専門機関と位置づけられた。バチカンはイエズス会の聖職者を送り込むなど、第2次大戦後のILOの活動にコミットしてきた。
日本では働き方改革がいわれて久しいが、それでも過労死や自殺が後を絶たない状態にあることを、フランシスコ教皇は理解している。『レールム』の理念は、「労働は商品ではない」を前面に押し出し、「使い捨ての労働力」への警鐘のメッセージにつながっている。信者でない者にも響く内容であり、とくに若者に対する呼びかけとして注目したい。
アメリカなどの自国ファーストの動きや、2国間の外交関係に固まる国際情勢に対して、フランシスコ教皇の訪日は、今一度、多国間外交を枠組みとした国際機関への関与の重要性を再考するきっかけになるだろう。
(文/松本佐保)
松本佐保(まつもと さほ)/名古屋市立大学教授
1996年英ウォーリック大学大学院博士課程修了、Ph.D.。専攻は国際関係史。欧米、とくにバチカンの政治・外交史を切り口に近現代の国際関係を論じる。著書に『バチカンと国際政治』『熱狂する「神の国」アメリカ』『バチカン近現代史』など。
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