なぜ軽井沢だけが「高級リゾート」になれたのか

外国人が着目、鉄道網の整備で差がついた

全国を駆け回る文麿は、東京・荻窪の荻外荘や京都・嵐山の松籟庵をはじめ神奈川県鎌倉・古我邸や千葉県の我孫子など、全国各地に別邸を所有した。文麿は別邸の購入と売却を繰り返しているので、年代によって滞在地と時間には濃淡がある。

旧近衛文麿別荘は、軽井沢駅と中軽井沢駅のちょうど中間あたりに現存する(筆者撮影)

近衛邸は、軽井沢発展の立役者とされる野沢源次郎から1926年に購入。文麿の軽井沢滞在は日数的に長いわけではない。それでも政務の合間を縫うようにして、上野から列車で軽井沢へと向かった。軽井沢に別邸を所有していたのは首相就任前だから、まだスケジュールに余裕があったのかもしれない。

上野駅には、文麿のために待合室が用意され、列車を待つ間は駅長が接遇することが暗黙の決まりになっていた。また、一般客と混乗することはセキュリティー上に問題があるため、特別車が連結された。文麿は特別な対応をしてくれる上野駅職員にも気を配り、上野駅を利用する際には付け届けを欠かさなかった。

文麿が乗車する特別車には、軽井沢に別邸を所有するなじみの政治家や大使館員なども同乗することができた。しかし、車中では文麿の話し相手を務めなければならない。また大物議員が帯同することが多いため、和やかな鉄道旅行にはならず、同行者は緊張を要したという。

歴代首相が別邸を構える

軽井沢には、近衛文麿のほかにも大隈重信や重光葵、終戦工作に奔走した外務大臣の東郷茂徳といった政治史に名を残す重要人物が別邸を構えた。保守合同を成し遂げて自民党を創設し、初代総裁についた鳩山一郎も軽井沢を語るうえで欠かせない政治家の1人だ。

鳩山が自民党を結党したのは1955年だが、鳩山は戦前から軽井沢に別邸を構えた。すでに、この頃から鳩山は政界の実力者だったため、軽井沢の別邸には鳩山を訪ねる政治家が絶えなかった。もちろん、東京から軽井沢へ向かう政治家たちは鉄道を利用した。

戦後の軽井沢は、永田町さながらに政治家が集まる隠れ家として機能した。軽井沢に別邸を構えた政治家は、佐藤栄作・田中角栄・三木武夫・大平正芳・中曽根康弘・宮澤喜一といった歴代の首相が並ぶ。

国を動かす為政者が集まれば、そこには多くの人が通い、集まる。戦後も、東京と軽井沢を走る列車には自然と政治的な使命を帯びた人たちが多く乗車することになった。

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