「お金自体を使わない」世界が広がっていく必然 キャッシュレスと並行して拡大する

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つまり価値が認められるビジネスであれば、マネタイズは後でよいのです。

実際、デジタルテクノロジーを通じて、貨幣メディアを自ら生み出すという考え方は、多くの企業がこれから事業を進めるうえで、その選択肢のひとつに入ってくると思います。

そしてビジネス的な発明は、時に、ルールを最大限に利用するハック(賢くとも、ある意味ズルいやり方)のような形で現れます。

未来食堂のすごい仕組み

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たとえば、まったくテクノロジーと無縁に聞こえるかもしれませんが、東京都千代田区で営業されている「未来食堂」はそうしたハックのひとつと位置づけられると思います。

元クックパッドのエンジニアがひとりでやっている食堂ですが、お手伝いを常に募集しており、厨房を50分手伝うと、一食、食事ができます。労働の対価として券をもらい、それで食事の権利が生まれるのです。その券は他人に譲ることができますし、お店の入口に貼って、不特定多数の人に食事をご馳走することもできます。

この仕組みがすごいのは、誰かに働いてもらっているのに、その人件費がかかっていない、という点です。もちろん、給与相応の食事を提供することになるのですが、そこには原価分しかコストがかかっていません。しかも、働いた人が食事の権利を時に放棄することで、希望する人が無料で食事ができるオプションが提供されています。

この仕組みが注目され、実際に人気を博している背景には、我が国においても深刻化している格差社会の広がりがあるようにも思います。このお店には、その日食べることに困っている人も、彼ら・彼女らを助けたい人も、格差や新しい経済の仕組みに興味を持っている人も集まってきます。そして、そうした状況の先に、「お金」に頼ることなく生きていくための方策が現実として生まれつつあるのです。

最強の戦略である無料化は、ビジネスの革新を生み出し続け、そして実際に社会を大きく変え始めています。

斉藤 賢爾 早稲田大学大学院経営管理研究科教授

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さいとう けんじ / Kenji Saito

1964年、京都市生まれ。大学卒業後、日立ソフト(現・日立ソリューションズ)入社。1993年、アメリカ・コーネル大学大学院にて学修士号(コンピュータサイエンス)取得。外資系ソフトウェア企業などに勤務した後、2000年より慶應義塾大学環境情報学部村井純研究室に在籍。2006年、同大学院にてデジタル通貨の研究で博士号(政策・メディア)取得。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任講師などを経て現職。長期にわたりP2Pおよびデジタル通貨の研究に従事。著書に『インターネットで変わる「お金」』(幻冬舎ルネッサンス新書)、『これでわかったビットコイン』(太郎次郎社エディタス)、『ブロックチェーンの衝撃』(日経BP社、共著)など。

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