「ジョーカー」に見えたお笑い芸人の格差社会 なぜ無名芸人ほど残酷な扱いをされるのか?

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笑いものにされるだけの人生をひっくり返すには、笑われるのではなく、笑わせる人になればいい。彼はそこで決意をしたのではないかと思うのだ。

実際、私が知る限りでも、いじめられっ子だった人が芸人になることがある。いじめられっ子だったある芸人が言っていたのは「学生時代にいじめられていたときに、それを自分が認めたら本当のいじめになってしまうから、笑ってツッコむことで『イジり』だと思うようにしていた」ということだ。過酷な現実を自ら笑い飛ばすことで、笑われている人ではなく、笑わせる人になることができる。それが彼らにとっての救いだったのだ。

だが、現実はそんなアーサーをさらに奈落の底へと突き落とした。同僚から護身用に拳銃を持たされていた彼は、小児病棟で仕事をしているときにそれをうっかり落としてしまった。この事件が原因で会社をクビになり、失意に沈む彼は、電車の中で出会ったガラの悪い3人の証券マンを射殺してしまった。純粋だったアーサーが悪の道に進んだ瞬間だった。

大物テレビ司会者から「スベリ芸」扱い

その後、警察の捜査の手が及び、追い詰められたアーサーに一筋の光明が差した。彼が憧れていたテレビ司会者のマレー・フランクリンの番組の中で、アーサーがステージで漫談をする映像が紹介されたのだ。ただ、純粋に面白いと評価されているわけではなく、「スベリ芸」のように扱われていた。舞台上でも発作的に笑ってしまう彼の奇行が、物珍しいものとして紹介されていたのだ。

この番組をテレビで見ているときのアーサーの表情が忘れられない。うれしいでもなく、悲しいでもなく、悔しいでもない、何とも言えないような表情をしていた。アーサー役のホアキン・フェニックスの演技が最も光っていた場面の1つだ。

憧れの人にテレビで紹介してもらえたのはうれしい。だが、明らかにスベリ芸としてさげすまれているのは悲しい。それに、ここでチャンスをつかんだとしても、すでに殺人を犯した自分にはコメディアンとしての未来はない、という諦めの気持ちもある。それらすべての複雑な感情を含んだ、冷めたような表情が印象的だった。

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