保育士という報われない職業の過酷すぎる現場 業務量や責任は増えるのに人手が足りてない

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「17時になると一斉にタイムカードを切らされて、毎日のようにサービス残業をさせられてきた。残業のない保育園はほとんどない。休憩時間をすべて潰しても終わらないほどの仕事量だ。中でも負担なのが事務作業。子どもたちの活動記録や保護者への連絡帳の記入に加え、週ごと、月ごとの保育計画の策定もある。あとは行事関連の手作業。運動会やクリスマス会では、こだわって装飾や衣装を手作りすることが求められる」(40代の女性保育士)。

名城大学の蓑輪明子准教授らが昨年公表した「愛知県保育労働実態調査」で、名古屋市内の認可保育所で働く保育士のサービス残業が月平均13時間に上ることがわかった。回答者の10%弱が月40時間以上の時間外労働をしており、最長だと月135時間に上った。「調査結果はショックだった。保育士にちゃんと残業申請するように伝えたことで実態がよくわかるようになった」。調査に協力した名古屋市内にある「とうえい保育園」の小西文代園長は振り返る。勤務時間内に事務作業ができるよう時間を設けたり、夜に行っていた職員会議を日中に変更したりと、労働環境の改善に取り組むきっかけとなった。

手薄な国の保育士配置基準

「保育時間の延長や安全管理の徹底など、業務量は年々増えている。それなのに国が定める保育士の配置基準は改善が進んでいない。保育士の待遇改善にはこの配置基準の引き上げが欠かせない」。東京・板橋区の「わかたけかなえ保育園」の山本慎介園長は訴える。国が定める認可施設基準では、1~2歳児で児童6人の保育士1人、4歳児以上だと児童30人に保育士1人が必要とされる。ただ現実的には、「1歳児6人に1人で対応するのは難しい」(山本園長)。

東京都などでは自治体独自の基準に応じた補助金がつくため、国の基準より上乗せして配置できる。わかたけかなえ保育園でも、各クラスで国の基準より1人ずつ増やして配置している。その結果、「残業しなくても業務をこなすことができ、余裕を持って子どもたちと向き合える。ここ数年、離職者はほとんどおらず、よいサイクルになっている」(山本園長)という。

しかし都のような手厚い補助は例外的で、多くの自治体は国基準での運営を余儀なくされている。内閣府は保育施設での相次ぐ事故を受け、事故防止のガイドラインを策定した。睡眠中の観察や食事中の誤嚥防止などだ。しかし、今の配置基準のままでは適切な対応は難しい。「保育園を考える親の会」の普光院亜紀代表は、「本来無償化よりも、配置基準の改善を優先させるべき。ほかの先進諸国と比べても日本は最低水準だ」と話す。

「保育士資格があるのに仕事に就かない『潜在保育士』が多くいる。保育の仕事は楽しくやりがいはあるものの、責任が重く休めず給与も低いため仕事として見合わないと考える保育士が多いのが現実だ。職員の配置基準を手厚くするとともに、人件費への補助を拡充させる必要がある」。元認可保育所園長で保育学を専門とする、浜松学院大学の迫共(さこ・ともや)専任講師は語る。

保育現場の職員の疲弊は子どもの安全や命を脅かすことに直結する。人員配置の厚みを国が保証することは欠かせないはずだ。

『週刊東洋経済』9月21日号(9月17日発売)の特集は「子どもの命を守る」です。
風間 直樹 東洋経済コラムニスト

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かざま・なおき / Naoki Kazama

1977年長野県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒、法学研究科修了後、2001年東洋経済新報社に入社。電機、金融担当を経て、雇用労働、社会保障問題等を取材。2014年8月から2017年1月まで朝日新聞記者(特別報道部、経済部)。復帰後は『週刊東洋経済』副編集長を経て、2019年10月から調査報道部長、2022年4月から24年7月まで『週刊東洋経済』編集長。著書に『ルポ・収容所列島 ニッポンの精神医療を問う』(2022年)、『雇用融解』(2007年)、『融解連鎖』(2010年)、電子書籍に『ユニクロ 疲弊する職場』(2013年)など。

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