MMTが「就職氷河期世代」に支持される深い理由 新理論による「現実」対「虚構」の歴史的転換点

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知識人(経済学者)には、次の3つの特徴があるとシュンペーターは言う。

第1に、「実際の事件に対して直接の責任をもたない」、第2に「実際の経験からのみ得られる生の知識をもたない」、そして第3に「批判的態度」を旨とする(『資本主義・社会主義・民主主義』)。

経済学者たちは、政党のパンフレットや演説の原稿を書いたり、政治家の秘書や顧問として働いたりするなどして、より直接的に政治に入り込む。また、経済学者と官僚の関係も密接なものとなる。

なぜなら

官僚は、同じような教育をうけ多くの共通点をもっている現代の知識人に従って主義を改めることにはやぶさかではない(『経済分析の歴史[上・中・下]』)

からだ。

こうして、経済学者たちは、政策に深く関与し、社会に多大な影響を及ぼすようになる。しかし、経済学者たちは「実際の事件に対して直接の責任をもたない」し、「実際の経験からのみ得られる生の知識をもたない」のである。そんな彼らが構築した理論は、しょせんは机上の空論である。机上の空論なのだから、現実の社会で通用するはずもない。

だが、「批判的態度」を旨とする経済学者たちは、理論に合致しない現実の社会のほうを批判する。そして、現実の社会を破壊しようと企てるというのである。

MMTによる経済学の「科学革命」

このシュンペーターによる「経済学者の社会学」は、主流派経済学者たちがMMTに対して異様なほど抵抗した理由をよく説明しているであろう。

2018年にノーベル経済学賞を受賞したポール・ローマーですらも、主流派経済学者たちが画一的な学界の中に閉じこもり、極めて強い仲間意識を持ち、自分たちの仲間以外の専門家たちの見解や研究にはまるで興味がないことをひどく嘆いている。

また、主流派経済学者の理論の是非の判断基準は、事実ではなく、数学的理論の純粋さのみになっている、と強く批判している。

MMT批判の中には、「MMTには、数学的理論がない」などという低レベルのものが散見されたが、これなども、ローマーの批判を裏づけるものであろう。MMTが論じているのは、数学的な純粋さではなく、ビル・ミッチェルが強調するように、あくまでも「現実」なのだ。

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このように、近年、主流派経済学の在り方については、主流派の内部からも批判の声が上がっていた。そこへ来て、突然のMMTのブームである。

これは、経済学における「科学革命」が起きる予兆なのであろうか。もちろん、断言はできない。

しかし、シュンペーターによれば、科学の在り方は「世代」の問題と深く関係しているという。

1990年代に成立したMMTが、それから一世代後の今になって注目を浴びていること。

また、MMTが、日本の「就職氷河期世代」など、停滞や格差の時代を経験した比較的若い世代によって支持されていること。

こうした現象は、MMTによる経済学の「科学革命」が世代交代に伴って起き始めたことを示しているのかもしれない。

もし、そうだとしたら、われわれは、経済学の歴史的転換点に立ち会っているということになろう。

いずれにしても、筆者としては、主流派経済学ではなく、それに挑戦するMMTを支持する側にいることを幸福に思っている。

そして、できるだけ多くの方が『MMT現代貨幣理論入門』を読んで、経済学の科学革命に参画することを切に願っている。

中野 剛志 評論家

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なかの たけし / Takeshi Nakano

1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学工学研究科大学院准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『奇跡の社会科学』(PHP新書)などがある。

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