「落ちこぼれる子供」が学校で必ず出る根本原因 150年続く公教育の「限界点」が露呈してきた

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でも、みなさんご存じのとおり、今や日本の学校の先生は、世界でいちばん忙しくなってしまいました。2013年に実施されたOECD(経済協力開発機構)の調査によって、日本の教員の週平均労働時間は世界最長であることがわかりました。

雑務の増大、子どもたちの多様化、特別な支援を要する子どもたちの増大、保護者の要求の増大、部活動の仕事の増大などに追われて、日本の先生たちは、総体的に見て、かつてのようなきめ細かな「個に応じた支援」ができなくなってしまっているのです。

「落ちこぼれ」の反対が、これまた嫌な言葉ですが、「吹きこぼれ」と呼ばれるものです。すでにわかっていることを、何度も繰り返し勉強させられることで、勉強がイヤになってしまう子どもたちのことです。一斉授業、画一カリキュラムが中心の教室には、授業についていけずにつらそうな顔をしている子どもと同じくらい、すでにわかっていてつまらなそうにしている子どもたちが一定数いるものです。

「みんなで同じことを、同じペースで」やらなければならない授業においては、先生は、そんな子どもたちが勝手に先へ先へと進んでいくことを許すわけにはいきません。だから多くの先生は、不本意ではあっても、その子たちに学びのペースを落とすよう強いなければならないのです。

これでは、学校が楽しくなくなってしまうのも無理はありません。「吹きこぼれ」の子どもたちからすれば、このような学校の授業はムダだらけです。今日の「めあて」をみんなで一斉に唱和するのに始まって、教科書の決められたページをみんなで繰り返し読んだり、すでにわかっていることを一方的に教えられたり。45分もの間、なぜみんなと同じことをやり続けなければならないのか。そう思っている子どもたちはたくさんいます。

「落ちこぼれ」の子どもたちにとっては、それは最もムダな時間と言えるかもしれません。周囲のクラスメイトが先生の発問に対して活発に発言をしているその傍で、何のことか意味もわからず、じっと時間が過ぎるのを耐えている……。

こうした状況は、やはり抜本的に変えなければなりません。近年では、こうした問題に対応するため習熟度別指導がかなり一般化していますが、これもまた、実は大きな問題を抱えています。

「習熟度指導」が抱える問題

端的に言うと、子どもたちの間で、「学力」というたった1つの評価軸において「できる子」と「できない子」という分断が生まれ、過度の、そしてその後の人生に根強く残る、優越感やとりわけ劣等感を生じさせてしまう傾向があるという問題です。

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もちろん、習熟度別指導は、本来そうした感情や競争をあおるためのものではなく、すべての子どもの学びを保障するために行われている方策です。でも、望むと望まざるとにかかわらず、習熟度別指導には、このような問題が起こってしまう傾向があるのです。

この社会は競争社会、だから子どもたちも、早いうちから競争して何が悪い、という考えもあるかもしれません。でも、少なくとも学びの保証という観点から言えば、子どもたちは、安全安心の空間の中で、それぞれのペースが尊重され、そして「ゆるやかな協同性」に支えられた中で進めたほうが、競争のプレッシャーや分断の中で学ぶより圧倒的に充実した学びができるものなのです。

苫野 一徳 哲学者・教育学者

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とまの いっとく / Ittoku Tomano

1980年生まれ。熊本大学大学院教育学研究科准教授。博士(教育学)。早稲田大学教育学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程修了。専攻は哲学・教育学。経済産業省「産業構造審議会」委員、熊本市教育委員のほか、全国の多くの自治体・学校等のアドバイザーを歴任。著書に『学問としての教育学』(日本評論社)、『「自由」はいかに可能か』(NHK出版)、『どのような教育が「よい」教育か』(講談社選書メチエ)、『勉強するのは何のため?』(日本評論社)、『はじめての哲学的思考』(ちくまプリマ―新書)、『「学校」をつくり直す』(河出新書)、『教育の力』(講談社現代新書)、『子どもの頃から哲学者』(大和書房)など多数。

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