安倍首相「北朝鮮と直接対話」発言の真意

「条件つけずに向き合う」にいぶかる北朝鮮

しかし、北朝鮮との対話がすべて不可能かと言えば、そうではない。2018年8月、北朝鮮の対日外交で最前線に立つ宋日昊(ソン・イルホ)日朝国交正常化担当大使は「日朝間に必要なのは対話だ。1990年代前半には日本企業と北朝鮮が深く付き合った時代もあった。互いに利益を得てきた実績もある。今後も情勢が変われば、企業間の交流も増やしたい」と『東洋経済』の記者に述べたことがある。

宋大使が述べた「1990年代前半」とは、1990年9月に自民党の金丸信副総理と社会党の田辺誠副委員長(いずれも当時)を代表とする訪朝団(いわゆる「金丸訪朝団」)に対し、金日成主席が国交正常化交渉を提案。その後交渉が行われたことを指す。

宋大使はまた、「北朝鮮のメディアが『拉致問題は解決済み』『植民地支配から現在に至るまでの謝罪と清算が必要』と言うのは、日本の過去の清算と反北朝鮮的な姿勢を解除せよ、ということ」と説明した。植民地支配に起因する過去の清算を行う約束をし、経済制裁などを行うな、ということだ。宋大使の主張はそのまま、北朝鮮の原理的かつ教条的な主張だ。目新しさもない。だが、北朝鮮にとっては、日本がそのような方向で少しでも行動してくれれば、北朝鮮側も応じるという考えのようだ。

北朝鮮は「話し合いに応じる用意あり」

そこで浮かんでくるキーワードが「信頼」だ。金委員長が2018年から積極的に推進してきた首脳外交において、「信頼」という言葉がよく登場する。例えば、米朝首脳会談でトランプ大統領に対して「信頼が増している」という一方で、ポンペオ国務長官などアメリカの外交実務者に対しては「信頼がまだ足りない」と北朝鮮側は使い分けている。逆に、2018年に3回の首脳会談を行った韓国の文在寅大統領に対しては「(米朝関係で)おせっかいな仲裁者」といった辛辣な言葉を投げかける。首脳会談で合意した取り決めを、韓国の国内事情やアメリカとの関係悪化で実行できずにいる文大統領に対し、金委員長が信頼を喪失しているためだ。

核実験やミサイル発射などを繰り返してきた北朝鮮からいきなり「信頼が必要」と言われても、日本としては信頼できないのは当然のことだ。国際社会でどちらが信頼されているかと言えば、言うまでもなく日本だ。しかし、外交は対話を始めるにふさわしい雰囲気作りがあってこそ始まるものだ。とくに北朝鮮からの報道を総合的に評価すれば、原則論を掲げて辛辣な対日批判を続ける裏側で、「日朝関係の改善という大枠を提示し、その中で双方の懸案の問題を話し合うことができる」というメッセージを読み取ることができる。「日朝双方の原則論を包摂するようなビジョンがあれば、話し合いに応じられる」という意味だ。

その点で、拉致問題の解決ありき、という従来の原則論を脇に置き、「条件をつけず」とした今回の安倍首相の提案は必ずしも否定的な受け止め方をされていない。さらに進めば、信頼の第一歩へとつながる可能性が高い。だからこそ、日本の軌道修正の真偽を北朝鮮側は慎重に見極めているのが現状だ。

ビジョンや信頼と言う前に、日朝間には重大な問題も横たわっている。それは、日本も北朝鮮もお互いのことをほとんど知らないということだ。前述した1990年代初頭の国交正常化交渉と有力政治家との数回のトップ会談を除けば、日本外交が北朝鮮としっかりと向き合って話し合った経験は非常に少ない。しかも、そのような経験はすでに20年以上前の話だ。指導者も交代し、国際環境も変わった現在の金正恩政権に対して、過去の経験は通用しないと考えるべきだろう。また、北朝鮮の思考方式や論理形成など、交渉を始める前段階の知識さえ不足していることは否定できない。

北朝鮮側も事情は同じだ。人的往来、とくに党・政府関係者らの相互訪問数は日本側の制裁も重なって極度に少なく、北朝鮮に入ってくる情報も限定的だ。裏返すと、教条的・原理的とも言える対日批判は、日本国民の感情や日本を取り巻く国際環境をきちんと理解したうえでのものではない。日本との関係が細ったため、日本語能力に優れ、日本に精通した人材も極端に減っている。相手を知らないままの状態では、建設的な対話は不可能だ。

日朝関係が改善すれば、核開発を実質的に進めた北朝鮮と対話を進めることで相互理解と信頼を構築し、日本の安全保障環境の改善を促す。ひいては経済分野をはじめ相互理解につながり、民間レベルでも安定した友好関係に資することが見込める。安倍首相の軌道修正は、北朝鮮にとっても日本に歩み寄れる現実的な提案だ。時間はかかるものの、安倍首相の提案が何らかの対話につながっていけば、「まずはよし」と考えるべきだろう。

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