34歳で1200万円を得た小説家志望の男の生き様 20代をダラダラし続けた倉井眉介さん

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その一方で、僕の「頭の中の物語」は今売られている本よりも面白いから、小説家としてならやっていけるんじゃないか、という根拠のない自信がありました。それに、小説家になった方が社長になるよりも大金を掴める可能性がある。もともと昔から「人生は普通の道を生きるか、夢に向かって挑戦するかの2択しかない」と思っていたこともあり、僕は後者を選んで生きることに決めました。

時間は有り余ってるのに、ダラダラし続けた

大学卒業後は、小説を書きながら、週2~3回は深夜のコンビニでアルバイトをしていました。僕は実家暮らしだったこともあって、月に10万円くらい稼げれば普通に生きていけたんですよね。普段から友達にも会わないし、図書館で本を借りて読んだり、たまに自転車で少し遠出をしたりするぐらいで、あまりお金を使うこともなかったんです。何かを我慢してたとか、つらいことはほとんどありませんでした。何なら意図せず毎月数万円も貯金できていたくらいです。

倉井眉介(くらい まゆすけ)さん/1984年、神奈川県生まれ。帝京大学文学部心理学科卒業。第17回『このミステリーがすごい! 』大賞を受賞し、2019年に受賞作『怪物の木こり』でデビュー(写真:大室倫子)

運悪く2回、バイト先のコンビニが潰れてニートになることもありました。その時は、親に無職だってバレたくないから、夜中にバイトにいくフリをして、自転車で夜の街中を走り回ってました(笑)。それはそれで楽しかったですよ。

これだけ時間があるなら、さぞたくさんの小説を書いていたと思うでしょう? でもその全く逆で、かなりダラダラしていました。小説は書かずに本を読んだり寝たりして、1日が終わってましたね。年に1~2回は文学賞とかに応募していたんですけど、いつも本気を出すのは、締切り直前だけ。しかも、締切りギリギリで送るから推敲もまともにできていない「未完成」な状態で提出したこともありますし、そもそも応募の締切日に間に合わないことも多かったです。

「もっとちゃんと推敲して、書き直したいなぁ」って毎回思うんですけど、またダラダラした毎日に戻って、結局間に合わないという。今振り返ると、僕の20代って相当ひどいことを繰り返していたと思いますね。時間がありすぎて、何もしない。本当に絵に描いたような「ダメな生活」をしていました。

34歳で初めての就職。会社員になったら、2カ月で受賞作が書けた
30歳を過ぎた頃、これまで「自分の好きに生きろ」というスタンスだった父親にもついに「何かしろ」と言われ、ハローワークに行きました。そこで、希望の職種などを書かされたんですけど、何も思い浮かばなくて、ちょっとしたパニックになったんです。

そのときに初めて、「自分の中で大きな不安が育っていた」ということに気付きました。「このまま小説家になれなかったらどうしよう」って。それでも現実と向き合いたくなくて、そのままコンビニのバイトを続けていました。

そして34歳になった頃。例のごとく、小説の応募締切りに間に合わなくて。こんなことをもう何年も繰り返しているので、「僕は40歳まで同じことを繰り返しているかもしれない……」と自分に絶望しました。ようやく「小説家を目指すにしても、まずは会社員としてちゃんと就職して、生活を立て直そう」と思ったんです。

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