教養ある大人が密かに実践する「知的な習慣」 ただ情報を消費する生活から抜け出すために
その奇妙な定型句は、それまでも見ることがあり、興味を持った私はいろいろ調べ始めました。その中で、たとえばそれが中世フランスでの王権の移行に際して慣例的に叫ばれる言葉だということ、内戦を避けるために王が埋葬されるやいなや次の国王の長寿を祈ることで王権の連続性を保つ意味があるという歴史などです。
興味はその後も続きました。この言葉の奇妙さは私をどこかでいつも引きつけていたらしく、その後、中世における王権の扱いについて論じたカントーロヴィチの『王の二つの身体』(筑摩書房)を読みふけったり、この表現を使った記事を収集したりといったことを、気づけば15年ほぼ断続的に続けています。
たとえば2009年の第51回グラミー賞の最優秀楽曲賞に輝いたコールドプレイの「Viva la Vida」の歌詞にもこの語句は登場しましたし、人気の車がモデルチェンジしたり、新しい人気のプログラミング言語が登場したりする際に使われることもあります。
最近だと、映画『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』の中で「国王」の部分をもじった形でこの言葉が登場しているのを耳にしたときは、私は劇場の暗闇の中でニヤリとして、こっそりと手のひらにそれをメモしたのでした。
なんとなく心に訴えかけるもの
なにもこの言葉を研究するつもりで集め始めたわけではありません。響きが面白く、なんとなく心に訴えかけるものがあったので、耳にするたびにメモし、背景を少しだけ調べたうえで忘れる、そんなことを繰り返していたにすぎません。
しかし時間とともにこうした引っ掛かりが積み上げられてゆくうちに、どのようなシーンでこの言葉が使われるか、どんな背景をもった人がどんな印象を残すために使うのかといったことが、隠れたメッセージをもっているかのようにつながりをもって見えるようになってきました。
いまでは過去15年にわたるさまざまな用法やその変遷が私の手元に蓄積してありますので、いつか私はこの表現について1冊の本とまではいかずとも、エッセイの1つか小論くらいならば書けるのではないかと考えています。
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