実は超難しい「乳がん診断」、スゴイ新技術 死亡者ゼロを目指す、ある研究者の野望
このようなX線マンモグラフィの問題を解決すると期待されているのが、神戸大学数理・データサイエンスセンターの木村建次郎教授が開発した、マイクロ波マンモグラフィだ。
「マイクロ波は携帯電話やWiFiで利用されいる電磁波です。X線に比べて扱いやすく、被ばくの心配もありません。なにより、X線と違って、乳房内のがん細胞だけを明瞭に識別できる特性があるのです」。木村教授は、マイクロ波に着目した理由をそう説明する。
マイクロ波マンモグラフィは、マイクロ波が、乳房内のがん組織で強く反射するという性質を利用する。乳がん組織は正常な脂肪組織に比べてがん細胞と血管が多く集まっているため、より多くの水分が存在している。このため、がん組織と正常な脂肪組織の境目でマイクロ波の強い反射が計測されるのだ。つまり、マイクロ波を乳房内に照射し、その反射波の強さを計測すれば、乳がん細胞の有無を正確に知ることができる。
開発で何が難しかったのか
じつは、マイクロ波が、乳がん組織の検査に有効であることは以前から知られていた。それにもかかわらず、これまでマイクロ波を使った乳がん検査機器は一台も実用化されていなかった。それはなぜなのだろうか?
「マイクロ波を乳がん組織の検査に使うためには、『散乱の逆問題』と呼ばれる、応用数学上の難問を解く必要があります。その解を求めるのは非常に困難で、事実上不可能だと考えられてきたんです」。木村教授は、今回のブレークスルーの核心について語り始めた。
「散乱の逆問題」とは、いったいどんなものなのだろうか。木村教授は、散乱波による計測を、わかりやすい例えで説明する。
「眼の前に大きな湖があって、その湖面の真ん中あたりに鉄塔が立っているとしましょう。湖の上には霧が立ち込めていて、湖岸から鉄塔はまったく見えません。
そこで、湖岸のある場所で水面を揺らして、湖全体に波を送ります。波はやがて(霧で見えない)鉄塔に到達し、一部はすり抜け、それ以外は反射されて、様々な方向に散らばっていきます。これが波の散乱です。
そうして戻ってきた散乱波を湖岸のあらゆる場所で観測し、どの場所でどんな強さの波が、いつ届いたのかをデータとして記録します。それらのデータを解析することで、鉄塔が湖のどの場所にあり、どんな形・大きさをしているのかを理論的に決定できるだろうか。これが『散乱の逆問題』と呼ばれる問題です」
この簡略化した例でも容易に想像できる通り、散乱の逆問題は容易に解くことができない、応用数学上の超難問だ。解はおろか、そもそも散乱波を表現する方程式がどんな形をしているのかさえわからない。