徴用工判決の「放置」は日韓関係を泥沼にする 文大統領は金大中氏の功績を無にするのか

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こうなると日韓関係は泥沼状態そのものになってしまう。難しい交渉を経て重要な合意ができても、相手が韓国であれば自分の都合で勝手に反故にされてしまうという否定的なイメージが、日本国内に強烈にできあがってしまうだろう。

文大統領は金大中氏のような決断をできるか

もはや日韓関係が決定的に悪化することを回避する方策は、文在寅大統領の勇気ある決断しかあるまい。情緒的反応をすることで知られる韓国世論、それに影響される国会議員らを相手に、批判覚悟で、これまで先人たちが積み重ねてきた日韓間の外交的資産をこれ以上壊さないための決断をするしかない。

1998年10月、日韓パートナーシップ宣言に署名後、握手する韓国の金大中大統領(左)と小渕恵三首相(写真:共同通信)

同じ進歩系の金大中大統領は、ちょうど20年前の10月、日本の国会で以下のような演説をして、満場の拍手を浴びた。

「日本は帝国主義と戦争の道を選択することにより、日本国民はもとより、韓国を含むアジア諸国の国民に、大きな犠牲と苦痛を与えました。しかし、第二次世界大戦後、日本は変わりました。世界が驚く経済成長を遂げ世界第二位の経済大国となった。日本はアジア各国の国民に、無限の可能性と希望の道標を示したのであります。このように、戦前の日本と戦後の日本は実に克明な対照をなしています。私は、戦後の日本の国民と指導者たちが注いだ、血のにじむような努力に深い敬意を表する」

「両国は1500年以上に及ぶ交流の歴史を持っています。それに比べて、歴史的に不幸だったのは、約400年前に日本が韓国を侵略した7年間と、今世紀初めの植民地支配35年間であります。わずか50年にも満たない不幸な歴史のために、1500年にわたる交流と協力の歴史全体を無意味なものにするということは、実に愚かなことであります。それは長久な交流の歴史を築いてきた両国の祖先に、そして将来の子孫に対して恥ずかしく、かつ、非難されるべきことではないでしょうか」

戦後の日本を評価した韓国大統領は初めてだった。金大中大統領は、直前まで推敲に推敲を重ねたという。韓国国民から批判が出ることを覚悟のうえでの演説だった。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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