ホンダ「5代目オデッセイ」発売5年後の通信簿

14センチ車高を上げたミニバン先駆者の現在

初代オデッセイの爆発的人気を受け、2代目も初代を継承するかたちでモデルチェンジをしたが、3代目で、ミニバンならではの室内空間の広さを犠牲にした背の低いステーションワゴン的なクルマに変貌した。目指したのは、走りの良いミニバンである。背が低くなることで走行安定性は高めやすくなったが、室内の居住性は狭苦しくなった。これでは、セダンやステーションワゴンに乗っているのと変わらない。

なおかつ、走行性能を上げるためフロントウィンドウを極端に寝かせたことで、前方の視界も悪くなった。斜め前方の視野が限られ、先が見通せないことによる不安をもたらした。実際、私が横断歩道を渡っているとき、右折してきた背の低い3代目オデッセイにひかれそうになったことがある。運転者は、フロントピラーの陰に私の姿を見失い、横断歩道の歩行者がいないと思ってアクセルを踏んだのであろう。危うく逃れて無事ではあったが、逃げる私を目にした運転者は驚愕の表情をしていた。

それでもなお、4代目は背の低さを踏襲し、モデルチェンジをしてきた。3~4代目は、ミニバンとは何か、その価値を見誤った存在といえるが、ホンダは、走りが良いことに固執した。ホンダにはアコードワゴンなどもあり、走りの良い多目的車であればステーションワゴンでよいはずなのに、走りのよいオデッセイにこだわったのだ。

それは、1993年に北海道鷹栖の完成したテストコースの影響もあったかもしれない。ドイツのニュルブルクリンクの一部を模したワインディングのコースは、ホンダの自慢でもあった。だが、そのようなミニバンを市場は見放した。

環境対応への適合が遅かった

もう1つ、ホンダの見落としは環境性能への対応だった。トヨタ自動車の「エスティマ」が、2代目の2001年に「プリウス」に次ぐハイブリッド車としてエスティマ・ハイブリッドを追加したにもかかわらず、ホンダがオデッセイにハイブリッド車を加えたのは2016年になってからのことである。

ホンダは、初代プリウス発売の2年後にインサイトを誕生させたが、その後は思いのほか環境対応への適合が遅かった。たとえばそのインサイトは、1999年に初代が誕生したが、2006年に販売を止めている。その後、2009年に2代目が趣旨を変えて登場したが、これも2014年には販売を止めてしまった。

振り返れば、ホンダは1972年に排ガス対策のCVCC(複合渦流調整燃焼方式)エンジンを発表し、翌年シビックに搭載して発売することで世界を驚かせた。本田宗一郎は、世のため人のためとするクルマづくりで、環境性能にも高い見識を持っていた。ところが、後継者たちは走りの良いことを魅力の第一とし、環境意識が低かったといえるだろう。

その後、環境と走りの両立は、今日、NSXをハイブリッド車で2代目とし2016年に出し、海外ではポルシェでさえ電気自動車(EV)を出そうとする時代を迎え、かなえられることが実証されようとしている。そうした見識が、当時のホンダにはなかった。

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