A代表最年少出場の市川大祐が語るW杯の経験

17歳の自分を呼んだ岡田監督の決断力に感服

市川がそう語るのも、1998年のフランス大会から2002年までの4年間の流れをよく知っているからだろう。彼が初めて代表招集されたのは、まだ高校3年生だった1998年4月。

この時は18歳の小野伸二(コンサドーレ札幌)、19歳の中村俊輔(ジュビロ磐田)がそろって呼ばれ、市川と小野が出場。最終的には小野がフランス大会に参戦した。

市川はカズ(三浦知良=横浜FC)、北澤豪(日本サッカー協会理事)とともに最終メンバーから外れたものの、スタッフパスをもらってチームに帯同。ワールドカップというもののすごさ、偉大さを間近で見る機会に恵まれた。その経験があったからこそ、2002年は小野とともに日本代表の一員として躍動。4年前の財産を還元したのだ。

「フランスに行って、ワールドカップってものを自分の目で見て、4年後へのイメージをしっかりと描けたのは大きかったですね。代表選手がどう練習して、どんな気持ちで試合に入っていくのか、当日の過ごし方、負けたときにどんな雰囲気になるのかといったものはその場にいないとわからない。

あの経験は2002年のパフォーマンスに確実につながったと思います。日韓の時はフランスの頃より自分自身のすべてにおいて自信があった。それもよく覚えています」と本人はしみじみ語る。

岡田さんってホントにとんでもない人

17~18歳の未知数でしかない若手選手にそれだけの大きなチャンスを与えたのが、岡田武史(JFL・FC今治代表)という名指揮官だった。その恩師の勇気と決断力に、当の市川大祐も改めて最大級の敬意を表している。

「日本が初めて出場を決めたワールドカップの準備期間に無名の高校生を呼んだ岡田さんってホントにとんでもないなと(笑)。普通だったら最終予選を戦ったメンバーでいこうと考えるじゃないですか。あの時の自分はまだ2試合しかJリーグに出てなかったわけだから。

岡田さんは僕がU-16日本代表でキャプテンをやっていた時の石橋智之監督(J2・愛媛FCアカデミートータルプロデューサー)に『面白い選手はいないか』と尋ねて僕の名前を聞きつけて、U-17日本代表の試合やエスパルスの練習に来てチェックしていたらしいです。

自分のことを気にしているなんて、これっぽっちも思わなかったんで、ホントにビックリした。年月が経てば経つほどその決断力、行動力のすごさを感じます。先頭に立つみんなを引っ張る人はそういう強さが必要なんだと思いますね」

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