「新潮45」休刊決定でもモヤモヤ感が残る理由

これは将来に禍根を残す幕引きだ

筆禍により雑誌が休刊を迫られたケースには前例がある。

有名な例では文藝春秋の月刊誌「マルコポーロ」の例である。「マルコポーロ」1995年2月号に掲載された西岡昌紀氏の「「戦後世界史最大のタブー・ナチ『ガス室』はなかった」という記事が、アメリカのユダヤ人団体などから激しい抗議を受け、この号で同誌は廃刊となった。このときは編集長・花田紀凱氏の解任にとどまらず、文藝春秋の田中健五社長が代表職を辞任する事態にまで発展した。

さらに遡れば、講談社の月刊誌「DAYS JAPAN」(現在刊行されている同名の雑誌とは別)1989年11月号に掲載された特集記事「講演天国ニッポンの大金持ち文化人30人」の内容の一部が事実と異なるという批判を受け、2号後の1990年1月号に謝罪記事を掲載したのち同誌が廃刊となった例もある。

この二つのケースと比べて、今回の「新潮45」の休刊が異なるのは、まずなにより休刊の原因となった記事がどれであるかが特定されていないことだ。ネットや他のメディアで批判的に言及されたのは8月号掲載の杉田水脈氏の寄稿と10月号掲載の小川榮太郎氏の寄稿だが、新潮社はこのどちらに対しても具体的に名を挙げて謝罪したわけではない。

あくまで「会社として十分な編集体制を整備しないまま「新潮45」の刊行を続けてきた」ことへの反省を述べたのみである。これでは発行元としての責任をとったことには到底ならないだろう。

新潮社がもつ2つの顔

新潮社は出版社として、大きく分けると2つの顔をもっている。1つは「文芸出版社」としての顔であり、創刊100年を超える文芸誌「新潮」をはじめ、そこから派生した文芸書の単行本や海外文芸翻訳の「新潮クレスト・ブックス」シリーズ、新潮文庫などの出版活動である。

もう1つは、これとはまったくことなる「スキャンダル・ジャーナリズム」の伝統をもつ出版社としての顔だ。こちらは「週刊新潮」や今回休刊した「新潮45」、そしてかつては写真週刊誌「フォーカス」などが担っており、斉藤十一というカリスマ的な編集者がその土台を築いた(1985年に「新潮45+」を「新潮45」と改称して再創刊し成功させたのも斉藤の功績である)。

「新潮45」は新潮社がノンフィクション系の出版物を生み出すための基盤でもあり、休刊が決まった号にも著名な執筆者が多く寄稿していた。ジャーナリズムの担い手でもあるという立場を忘れ、文芸出版社としての「品位」を守るために休刊するという姿勢では、文芸関係者には理解されても、執筆の場を奪われた書き手やその読者としては到底納得できるものではない。

筆者は、せめて「新潮45」をあと1号発行し、休刊にいたる経緯を詳しく報告するべきだったと考える(その号はきっと売れただろう)。このような曖昧なかたちで、公共な議論の場となりえたはずの雑誌を休刊してしまった新潮社の責任は、きわめて重いといわざるをえない。

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