「サリン」「VXガス」製造の知られざる舞台裏 オウム事件「教祖の寵愛」「上司との確執」
警視庁・築地警察署2階の取調室。1995年4月27日、当時警視庁捜査一課・殺人1係の係長だった大峯泰廣警部(当時)は日本の犯罪史を変えた男と向き合っていた。
その男は寡黙で温厚、そして頭脳明晰。土谷正実元死刑囚。オウム真理教で「クシティガルバ」というホーリーネームで呼ばれ、教団で第二厚生省の大臣を務めたこの人物はサリンをはじめVXガス、ソマン、イペリット、ホスゲンなど毒ガス兵器を次々と製造した。
松本サリン事件、地下鉄サリン事件……民間人を標的とした世界初の毒ガステロ事件はこの男がいなければ起きないものだった。軍でもない、国の研究機関でもない、カルト教団の信者であった一化学者がなぜこのような“化学兵器”を製造することができたのか? またどのような経緯で製造されていったのか?
フジテレビ「直撃!シンソウ坂上SP 独占スクープ!サリン事件極秘資料 ―オウム“天才”信者VS伝説の刑事―」(10月4日(木)19時57分から放送)取材班は、極秘資料に残された土谷元死刑囚の供述を基に土谷元死刑囚がサリン製造を自供するまで、そしてその生々しい教団内の人間関係を追った。
極秘資料で語っていたオウムの変化
仏教用語で大乗仏教を意味するマハーヤーナではなく金剛乗、つまり密教を意味するヴァジラヤーナでいくと言われたという。オウムではこのヴァジラヤーナを独自解釈しグル(麻原彰晃教祖)に絶対的に帰依し、グルの命令であれば、殺人をも辞さないという教義としてとらえられていた。戸惑いながらも教団幹部であった村井秀夫氏から言われた“力ずくで日本を救うため”まず麻薬であるLSD製造を始める。すると「新たな指示」があった。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら