誰もが知っておきたい「乳がん診断」の最先端 治療法は日進月歩で進化している

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通常は、細胞を観察するための基本染色であるヘマトキシリン・エオジン染色(H-E染色)という染色標本のみで診断をするが、乳がんの場合は、この染色標本に加え、都合4つの免疫染色を行う。

免疫染色というのは、がん細胞が持っている分子を「抗原」としたときに、それに「抗体」を反応させ、免疫複合体というものを形成し、それに染色を施したものである。さらに簡単に言ってしまうと、免疫染色では、特定の物質をがん細胞が持っているか否か、色がついているかどうかで判定できるというものである。

乳がんでは、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体(いずれも女性ホルモンの受容体である)、先ほどのHER2タンパク、そして、細胞の増殖スピードを確認するためのKi-67という抗体を用いた4つの免疫染色を行う。

乳がんの病理診断では、この4つの免疫染色の結果も併せて報告書に記載する必要がある。

専門家の努力の結集が不可欠

上記の4つの免疫染色を施行することによって、乳がんは大きく4つのタイプに分けられる。

女性ホルモンの受容体のみをもっているがん(ルミナールタイプ)、HER2タンパクが過剰発現しているがん(HER2タイプ)、両方の特徴を持っているがん(ルミナール-HER2タイプ)、そして、女性ホルモンの受容体もHER2タンパクも有していないがん(トリプルネガティブタイプ)である。Ki-67の値(どのくらい増殖スピードがあるのか)も参考にしながら診断する。

これら4つのタイプは、大規模な研究によって、予後が異なることがわかっている。ルミナールタイプは一般的に予後がよく、トリプルネガティブタイプは最も予後が悪い。HER2タイプも基本的に増殖スピードが速い悪性度の高いがんであったが、トラスツズマブの登場によって予後が劇的に改善された。

また、予後だけでなくこれら4つのがんは治療法も異なる。女性ホルモンの受容体を持がんは、ホルモン療法を行うことができる。前述のようにHER2タイプのがんはトラスツズマブによる治療が有効であることが期待される。

このように乳がんの病理診断は、がんの確定診断の時点で、すでに治療法の選択まである程度決めるものであるといえる。

ここ数年、がんの遺伝子異常についての研究が急速に進んでいる。数十種類の遺伝子異常を調べて治療方針を決める方法も確立されつつある。少しでも乳がんで亡くなる患者さんが減っていくよう、自己検診の啓蒙活動から診断方法や新薬の開発まで、さまざまな専門家の日々の努力の結集が不可欠である。

小倉 加奈子 病理医

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おぐら かなこ / Kanako Ogura

順天堂大学医学部附属練馬病院病理診断科先任准教授、臨床検査科長。2006年順天堂大学大学院博士課程修了。医学博士。病理専門医、臨床検査専門医。2014年よりNPO法人「病理診断の総合力を向上させる会」のプロジェクトリーダー。病理医や病理診断の認知度を上げる広報活動として、中高生を対象とした病理診断体験セミナーや、がんの出張授業などを幅広く行っている。プライベートは高校1年と小学6年生の2児の母。松岡正剛氏が校長を務めるイシス編集学校の師範としての指導の経験を活かし、医療と教育をつなぐ活動を展開している。

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