まぼろしの「博物館動物園駅舎」復活の舞台裏

京成電鉄と東京藝大が21年ぶりに扉を開けた

東京藝大の学生が描いたと伝えられるペンギンの絵(編集部撮影)

営業休止したのはわずか21年前にもかかわらず、さらに昔にタイムスリップしたように感じるのは、旧博物館動物園駅が開業以来大掛かりな改修工事をせず、昭和初期の雰囲気をずっと保ち続けていたからであろう。

そんな古き良き時代の香りをまとったまま現代に出現した旧博物館動物園駅は、東京藝大とのコラボにより、アートスペースとして復活するという。廃校となった小学校を使った美術館やワークショップスペースは聞くことがあるが、廃駅をアートスペースにという話はあまり聞かない。

東京都選定歴史的建造物に認定された

実際に利用されていた駅が、入り口に掲出されるレリーフ「博物館動物園駅跡 京成電鉄株式会社」という言葉のとおり、「駅舎の跡地」となって21年。以来、固く閉ざされていた扉が、このような形で外に向けて再び開かれることになったキッカケは、鉄道施設として初めて東京都選定歴史的建造物に認定されたことであった。

この「扉」を開くキーマンとなった京成電鉄・鉄道本部計画管理部の林祐悟、伊藤隆広、そして東京藝術大学特任准教授の伊藤達矢、同社会連携課 の丸山依子の4人に、話を聞くことにしよう(所属・役職は2018年6月現在)。

まずは、東京都選定歴史的建造物に選ばれるほどの、重厚かつ繊細なデザインについて質問してみる。すると京成電鉄の林が少し誇らしげな様子で答えてくれた。「この美しさには理由があるのです。建設当時、駅の敷地は皇室財産の御料地でした。そのため、御前会議が開かれ、御料地の雰囲気を壊さぬようなデザインを願われたのです。その気持ちにお応えしたのが、あの博物館動物園駅なのです」。

当時の切符売り場(編集部撮影)

さらにデザインの話から、東京都選定歴史的建造物に認定された背景について話を続ける。「もともと3年前の秋ごろ、東京都の景観審議会から、『旧博物館動物園駅をノミネートしたい』という問い合わせをいただいたのが始まりでした。自分たちとしては、確かに古く歴史ある建物ではあるけれど、廃駅となってからの長い月日の中で避難用施設というとらえ方のほうが強くなっていたので、正直言って驚きました」。

ちょうどその頃、京成電鉄の伊藤は、上野を中心として京成電鉄の魅力を向上させていくプロジェクトを担当者として任され、「緑や文化との融合」をコンセプトとした京成上野駅リニューアルの実施を計画していた。これを機会に、上野の方々と連携した取り組みをしたいと考え、そのディレクションを東京藝大に依頼した。

次ページ上野を文化藝術の拠点にすべく動き出したタイミング
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