仕事と家事とPTA、目の回るような忙しい日々をギリギリのところでこなしていた。家族のためにこれだけ精いっぱいやっているという姿勢を見せれば、きっといつかまた妻も許してくれる、やり直せると信じていた。
ところが、Yが家族のために尽くし、妻の要求を受け入れれば受け入れるほど、妻の顔は険しくなり、さらなる要求が突きつけられたという。
「2年くらいそんな状態が続いて、心身ともにいよいよ参ってきたときに、Nさんに言われたんだよ。“Yさんの中に罪悪感があるかぎり、奥さんはそれを利用しちゃうんだよね”って」
“潮時かもしれない”Yさんがそう考え始めた矢先、妻のほうから、離婚してほしいと告げられた。
高校生と中学生の2人の娘たちには、家族で食事に行った帰りの車の中で、離婚することを伝えた。
「バックミラー越しに恐る恐る2人の顔を見たら、もう今にも泣きそうな顔してて。あれはこたえたなあ」
家族を襲った事件
話を聞きながら、自分のことを思い出していた。当時12歳と8歳だった子どもたちに、離婚することになったと告げた日のこと。言ってすぐに「ゲーム買ってあげる、3本!」と付け加えたので、子どもたちはぱっと表情を明るくしたが、その直前に一瞬だけ見せた何とも言えない顔は、忘れっぽい私の記憶の中にも、やっぱり長いこと消えずに残り続けている。
「だけどね、離婚して2年くらい経って、ちょっとした事件が起きたんだよ」
それはYにとって寝耳に水の出来事だった。その当時、高校2年生だった長女が、インターネットの炎上事件に巻き込まれたのだ。Yは当初、ネットの炎上と言われてもまったくピンとこなかったが、長女に教えられたURLにアクセスしてみると、全身から血の気が引いた。そこには、長女の名前や在籍する高校名とともに「◯◯(長女の名前)を潰す」といった、攻撃的な文言が並べられていたのだ。
「家に行ったら気が強い元妻も明らかに動揺してて。娘も青い顔してふさぎ込んでる。それ見たら、俺がなんとしても家族を守らなきゃって思ったんだよ」
すぐに、ネットに詳しい友人に対応を相談した。友人はその日から丸2日、パソコンの前に張り付き、状況を綿密に調べ上げてくれた。そして、父親としてネット上に出て行くと息巻くYをこう言って諭した。
“娘さんを守りたい気持ちはわかる。でも、ここでYさんがネット上に出ていけば火に油を注ぐだけです。黙っていれば、炎上はいつか収まります。それより娘さんは何も悪くない。巻き込まれただけですから、Yさんの役目は学校に行って、先生たちにそのことを説明してくることです”
友人の助言どおり、Yは学校を訪れ、自分と同様に必ずしもネットに精通しているとは言えない先生たちに、娘の置かれている状況を丁寧に説明した。また仕事が終われば毎日、別れた妻と子どもたちの暮らす家に立ち寄った。折しもその頃のYは、仕事でも厄介なトラブルに見舞われていた。一度は終わりを迎えたはずだった大変な日々を、再びなぞるような毎日。けれども今回は何としてでも、間違えずに乗り越えなくてはならないと思った。
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