32歳、飲み屋で歌って生計を立てる男の大望 高校中退、会社勤め、結婚を経てたどり着いた

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冒頭で触れた、掃除機メーカーの国内代理店から声をかけられたのはこの時期だ。大学時代に所属していた部活のOBが経営している会社で、たまたまOB会に顔を出したときに気に入ってもらえたのだという。天の恵みとばかりに、半年間籍を置いた映像制作会社からすぐさま転職した。

新天地で配属されたのは取り扱う掃除機の宣伝部署だ。広告を作ったり、メディアと組んで広報的なコンテンツを作ったりもする。職場の環境はずいぶんとよくなった。胸ぐらをつかんで罵詈雑言を浴びせてくるような上司はもういない。ただ、緊張感はそれなりにある職場で、仕事に関しては厳しい先輩が多かった。少なくとも、傷心の四元さんをそっと包んでくれるような雰囲気はなかった。やはり自力で自信を取り戻すしかない。

「自分なりに必死にやりました。おカネも欲しかったですし、なるべく早く独り立ちして、広告の企画とか一人で全部回せるくらいになりたいなと。本もたくさん読んで論理的な思考を身に付けてと……。でも、どうにも結果が出なかったですね」

籍を入れたのは、そんな模索のただ中のことだった。フリーランスライターをしている年上の女性で、ライター集団の忘年会に誘われたときに知り合ったという。自然とひかれて付き合うようになったが、出会った当時は自分が結婚するとは思ってもみなかった。

「母親が離婚したあとにおカネで苦労しているのを知っているので、結婚となると金銭面の不安が先に立つんですよ。僕は貯金がないばかりか大学の奨学金返済も途中という状態なので、まあ結婚は一生無理だなと思っていました。ところが彼女は自営していて、一緒になった後も共働きでやっていけばいいよと言ってくれて。音楽を続けていくことにもすごく理解してくれたんです。それで、この人とだったらいいなと心から思えたんですよ」

「まだ無理だな」なんて言っていたら一生が終わる

晴れて2015年に結婚。そして、会社勤めを続けながら、四元さんの音楽活動はついに本格化する。「まだ無理だな」なんて言っていたら一生が終わる感触があった。

プロとして活動するためのバンドを組もう。これまでも何度かバンドを組んだことがあったが、趣味の範疇に収まっていた。今度は本気でメジャーを目指す。以前からYouTubeに演奏動画をアップしており、そのコメントのやり取りで知り合ったピアノ奏者の女性と、同じくYouTubeで「たたいてみました」動画のプレーにほれ込んだ男性ドラマーに声をかけ、早速レコーディングスタジオに入った。ライブハウスにも積極的に出て、自主制作CDの販促にも精を出した。勤務時間以外のほとんどを音楽に注ぎ込んだといっていい。奥さんも応援してくれていて、後ろめたい思いは何もなかった。

この頃から連日飲み屋街に入り浸るようになる。やけになったわけじゃない。音楽業界で力を持っている人の行きつけの店に気に入ってもらって、自分達のCDを置いてもらうためだ。続けていると、いくつか思いがけないリアクションがもらえるようになった。「本気で音楽やるなら、流しをやっている人がいるから会ってみれば?」という提案もそのうちのひとつだ。

次ページ1週間後、流しとして新宿の街に立っていた
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