新燃費基準WLTCを知らない人に教えたい基本 18年10月以降導入、実燃費との差は埋まるか

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③世界各地の交通環境については、日本とヨーロッパで道路事情も速度規制も異なるし、アメリカにおいても交通の流れが違っているので、たとえ同じ燃費測定基準を使っても、クルマ同士での性能の比較には好都合でも、諸元燃費値と実燃費値の差は相変わらず埋まらないことになる。

WLTCの測定で、なぜアイドリング時間が短いかといえば、たとえばドイツでは、永年にわたり信号機が赤から青に変わる直前に、赤と黄が同時点灯する仕組みになっている。運転者は、先の信号が赤であるため減速をはじめても、赤と黄が同時に点灯すればすぐに青になることを事前に知ることができるので、停止しなくてもいいように減速の加減を調整することができる。

クルマの燃費は、発進の際に最も悪化する。完全に停止せず、たとえ時速10~20kmであっても動いていれば、そこからの加速で燃料消費を抑えることができる。

この信号の使い方は、EUの枠組みの中でドイツ以外の国へも広がるとともに、単に燃費を改善するだけでなく、交通の流れをできるだけ止めないようにする効果もある。結果、渋滞も起こりにくくなる。そして快適な運転を続けられるのみならず、もちろん燃費向上にも役立つのである。

あるいはアメリカでは、直進より先に左折の矢印信号が青になる。アメリカは右側通行なので、左側通行の日本流に言い換えれば、右折の矢印信号が、直進より先に青になるのである。こうすることで、右折車線に並ぶクルマによって直進車が前へ進めず、渋滞が起こることを防ぐことができる。

近年、人口増や都市部への人口の流入で欧米でも渋滞が激しくなっているが、根本的にクルマの流れを止めないようにする交通行政が行われているのである。したがって、WLTCの燃費測定モードでのアイドリング時間は短くなる。

しかし日本では欧米のようなクルマを流す交通行政が行われていないので、渋滞が多い都市部での実燃費はWLTCでも相変わらず諸元燃費と差が出ることになるだろう。近年では、アイドリングストップ機構が採用されているが、エアコンディショナーを利用し室内外の温度差がある場合には、停車時間が長引くとエンジンは再始動してしまう。

世界基準だから間違いないということはない。同じことは、1970年代にアメリカではじまったグローバルカーという商品にも言え、道幅も速度域も車線の数も異なる世界の道に共通の価値観などありえず、必ずしも成功していない。

アクセル操作やどこを見て運転するか次第

④実際の運転状況は千差万別であるという点で、モード燃費には坂道のことが考慮されていない。まっ平らな道というのはめったになく、登り下りがある。もちろん登り坂では燃費が悪化する。

加えて、影響が大きいのは人の運転の仕方だ。たとえば、ハイブリッド車のプリウスに乗っていても、30km/Lを出せる人もいれば、20km/Lに一度も達したことがないと言う人の話も耳にした。

つまり、アクセル操作やどこを見て運転するか次第で、実燃費の結果は大きく違ってくるのである。

どれほど優れた燃費計測法を用いても、実燃費との間に差はまずなくならないだろう。また、世界共通の測定方法が必ずしも日本の交通事情に合うとも限らない。消費者も、数字の競争だけに注目するのではなく、デザインや運転のしやすさなど幅広い価値観でクルマ選びをすれば、不必要な燃費競争もなくなり、自動車メーカーは実用的な価値の高い新車開発に安心して取り組めるのではないだろうか。

御堀 直嗣 モータージャーナリスト

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みほり なおつぐ / Naotsugu Mihori

1955年、東京都生まれ。玉川大学工学部卒業。大学卒業後はレースでも活躍し、その後フリーのモータージャーナリストに。現在、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員を務める。日本EVクラブ副代表としてEVや環境・エネルギー分野に詳しい。趣味は、読書と、週1回の乗馬。

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