(第2回)企業の新規事業を成功に導く考え方とは?

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(第2回)企業の新規事業を成功に導く考え方とは?

坂本桂一

 私が新規事業立ち上げのアドバイザーとして企業に呼ばれると、新規事業のプロジェクトチームは発足したものの、どうもメンバーから燃えるようなやる気が伝わってこないということがよくあります。そうした会社のトップからは「坂本さん、彼らのモチベーションを向上させて『炎の集団』にしてくれないか」というような相談を多くいただきます。
 このトップの言葉は、新規事業における一面の真理を表しています。

 企業内の新規事業と、個人が仲間と起こしたベンチャーとを「経営資源」の視点から比較してみると、そのことがよくわかります。
 経営資源の代表的なものである「人(スキルとしての)」「モノ」「カネ」を見ると、まったくのベンチャーより企業内起業のほうが有利なような気がしますが、問題はその先です。起業や経営に必要なリソースには、あと二つ重要なものがあるのです。それは、「モチベーション」と「ハングリー精神」です。

 個人であれ仲間同士であれ、はたまた企業内のプロジェクトであっても、新規事業に携わるかぎりは誰だって、その事業を成功させたいに決まっています。しかし、手がける事業に対する執着の度合いや、「絶対に成功させてやる」という意欲の強さは、与えられた条件やその人が置かれた状況によって、かなり差があることは確かです。
 個人や同じ志を持った人たちが集まってベンチャーなどで事業を起こす場合、その事業にかかわる人間のモチベーションは相当高いと思って間違いありません。自分たちのやっていることで、世の中を変えようとか、自分たちの力を見せてやろうとか、こうすれば世の中の役に立つとか、とにかく自分たちを一生懸命働かせる前向きのパワーがあります。ベンチャー企業の立ち上げ期には、強制されているわけでもないのに、誰もが会社に泊まり込んで何日も家に帰らないなどという光景がごく自然に見られます。
 そして、ハングリー精神は後ろから押されるエネルギーです。何かから逃れよう、あるいはそこには戻りたくない、現状には不満だ、このままではすべてを失ってしまうという強烈な心理的圧力に後押しされているのです。

 一方、企業における新規事業のメンバーには、こういったハングリーさや、強力なモチベーションを望むほうが無理というものです。
 それはそうでしょう。サラリーマンというのはどちらかというと挑戦よりも、安定や現状肯定に価値を感じる人がほとんどでしょう。そういう人が社内の新規事業プロジェクト・メンバーに選ばれたからといって、突然ハングリーになって働くとは考えにくいものがあります。たとえば、脱サラしたサラリーマンがなけなしの貯金をはたき、勝負をかけて開いた居酒屋と、豊富な資金とノウハウを持つ大手資本が開いた居酒屋とが、同じ時期、同じ場所で開店したとしましょう。一年後に繁盛しているのは、往々にして前者(個人)のほうになるというようなことが起こるのです。古くはマイクロソフトのWindows対IBMのOS/2などの例を見ても明らかでしょう。

 前述のトップの発言は、そうした新規事業の本質を確かに突いています。企業が社内で新規事業を立ち上げる場合、「人(スキルとしての)」「モノ」「カネ」に関しては十分なリソースが用意できても、「ハングリー精神」と「モチベーション」はむしろ、インディペンデントなベンチャーより劣っていると思ったほうがいいでしょう。
 だとすれば、新規事業のメンバーが例えば五人だとしたら、五人全員のモチベーションを高め、炎の集団にすればよいのでしょうか。

 私の経験から言えば、実際にはそれは非常に難しいものがあります。もちろん研修をやったりインセンティブを用意したりすれば多少はモチベーションも上がりますが、その効果は限定的に過ぎません。もともと起業家マインドを持っていない人たちを、この事業に人生のすべてを懸けてもいいという「炎の集団」に変えることなどできるはずがないのです。
 すでに述べたように、大企業ほどそこには優秀な人材がそろっているかもしれませんが、そもそも就職先に大企業を選んだ時点でその人はハングリーではないし、一から事業を起こして大きくするなどという仕事は、できればやりたくないのが普通です。
 命がけでオリンピックの金メダルを目指すような人、言い換えれば金メダルが取れなければ全てなくなってしまうことを許すような人がどのくらいいると思いますか。

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