エルメスが「世界的ブランド」になれた理由 技術力だけでは取り残されていく

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イベントで話す齋藤峰明氏(写真:ファクトリエ提供)

齋藤:でも生き残る道はあったと思います。着物を作る技術を洋服に生かして両方の良さを取り入れていれば、今とは違う形で進化していたかもしれません。

山田:今の着物はレガシーとしての良さがありますが、もっと生活に身近な存在として根付く可能性もあったと。

齋藤:ヘアスタイルも同じですよね。江戸時代は髷(まげ)が一般的でしたが、明治維新からはまげを下ろすようになりました。職人の気持ちもわかりますが、そこで「髷しかできません」ではいけません。いくら髷を上手に仕上げる技術があっても、それは時代に求められていない。

山田:時代に合わせて技術をモデルチェンジしていくことも必要なのですね。

齋藤:ヘアスタイルに関してこんなエピソードがあります。1858年に日米修好通商条約を締結したタウンゼント・ハリスは、初代駐日公使として東京・麻布のアメリカ公使館にしばらく滞在していました。髪を切りたくなったハリスはある日、洋式の散髪を学んでもらうために近所の理容師の息子を横浜まで連れて行きます。その息子は、東京初の西洋式理容師と言われていて、今も麻布に店があるんですよ。

山田:示唆に富んでいるエピソードですね。もしハリスからの誘いを断っていたら……。

齋藤:どうなっていたでしょうね。その理容師に先見の明があったのかどうかはわかりませんが、確実に言えるのは、顧客に対して目が向いていたということです。自分のこだわりよりも、「ハリスさんが求めているからそれに応えよう」という気持ちのほうが大きかったのでしょう。

山田:頑固一徹ではなく、柔軟性を持つことの大切さが伝わってきます。

齋藤:服にしても髪型にしても、新しい概念が現れたときには、多かれ少なかれ職人は戸惑うものです。でもそこで「これはできない」とあきらめてはいけません。むしろ「これはできない」と思うことは、職人が新境地を切り拓くためのきっかけだと思っています。

継続は改善と同義であり、先ほどの「顧客を見る」というポイントが極めて重要です。顧客の声を聞き、その要望に応えようというスタンスでものづくりに取り組んでいれば、おのずと改善や進化につながっていきます。

主役はものではなく、顧客である

山田:顧客に目を向けること以外にエルメスが大切にしていることはありますか?

齋藤:ものを通して、ものだけにとどまらない価値を使い手に与えることです。顧客が買うのは、もの自体だけではありません。たとえばエルメスでは、地中海をテーマに掲げた年があります。ただ、地中海と言ってもその中には様々なグラデーションがありますよね。そこで、“アドリア海”や“エーゲ海”といったように、色調に合ったネーミングを行いました。

山田:確かにアドリア海とエーゲ海では思い浮かべる色合いが多少異なりますね。

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