金正男暗殺、北朝鮮工作員の手口と謎の愛人 たった500ドルの報酬で彼の命は奪われた
「ナイトクラブで男性に声をかけられた。自分は日本人だと話していた」
日本人を装った北朝鮮工作員が声をかけたのは実行犯の1人、インドネシア出身のアイシャ被告だった。いたずら動画を撮影し、成功すればその都度、日本円で約1万円の報酬がもらえる。平均月収2万8000円のインドネシアでの生活から考えるとあまりにも「おいしい話」だった。
彼女は家族への仕送りの足しになればと、その誘いに乗ってしまったという。いたずら動画の撮影という名目で指示されたターゲットの顔に油や、ローションを塗り付ける……。いわば“暗殺”の予行演習が知らず知らずのうちに始まった。
はじめは、恐る恐る“いたずら”を行っていたアイシャ被告だが、回数を重ねるうちに、慣れていく。いたずらは人通りの多い、駅やショッピングモールで行われ、実際に金正男氏が襲撃された空港では7回も繰り返された。
1カ月が過ぎる頃には、見ず知らずの人間の顔に液体を塗り付けることに、もはや何のためらいもなくなっていった。
事件当日、女たちが工作員から受けた指示は、「ターゲットは、上品で太った金持ちの男性、会社で2番目に偉い人」というもので、成功すれば500ドル(約5万6000円)、これまでで最も高い報酬が約束されていた。
犯行直前の工作員たちの動きが今回の取材で判明した。空港内で入念な下調べをした後、女実行犯たちと合流、金正男氏への襲撃の指示を出す様子なども明らかとなった。女たちの手には、工作員によって謎の液体がつけられる。
そして、彼女たちは、それまで何度も繰り返してきた、“いたずら”を難なくやってのけた。こうして、北朝鮮の、かつては後継者候補ともいわれた金正男氏は殺された。
史上最大の兄弟ゲンカ
フジテレビ報道局の藤田水美記者が金正男氏に初めて会ったのは、2007年2月のことだった。
北京国際空港に姿を現した正男氏は、メディアの追跡から逃れるように市内の高級ホテルに入った。その10分後、ホテルの連絡通路を通って隣接するショッピングモールに現れたところを偶然目撃した記者が追いかけ、単独インタビューに成功、そこから金正男氏と10年にわたる交流が始まった。
交わしたメールは3000通以上、面会を重ね、信頼関係を築いてきた。
「時が来たら。公開しても構わない」
そう正男氏が約束した取材メモは報道されることなく月日が過ぎていった。出会いから10年、事件は起きた。
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