闘う哲学者と「うるさい日本の街」の30年戦争

善良な市民は社会公認の悩みしかわからない

さらに、こうした闘争を通じて私が心の底から得た知見とは、人は苦しければ身の危険すれすれまで活動するはずだということです。自分の子供がいじめで(間接的に)殺された親は必ず活動します。自分の子供の心臓手術のために街頭募金さえします。そうしない人は、本当は「苦しくない」ことを認めるべきだと大上段から切りたくなりますが、そうは言っても、われわれの仲間たちの多くは、「うるさい」と訴えることもできない。

なぜなら、例えば会社の仕事中にBGMをかけているとき、みんなが「うるさい」と感じないのに、そう言うと、排斥されるから、会社にいられなくなるからです。こうして、音で苦しむ人は、音と仲間外れという二重苦に苦しむのです。今回、私に反対する人たちの口調に含まれている「考えていない者の強さ」を確認して、「ああ、こういう人が、まったく罪の意識もなくてやんわりと人を殺すのだなあ」と思いました。

というのは、彼らでも、もし私が車椅子利用者であって、「日本の道路は車椅子では通れない、ヨーロッパではそうではないのに」と訴えたら、「じゃ、お前、ヨーロッパに行けよ!」とは言わないでしょう。あるいは、私が盲人で「日本の街は盲人に対する配慮がまるでない」と言ったとしたら、「なんと些末なことにこだわるのだ!」という反応は返さないと思うのです(返したら、ある意味であっぱれです、現代日本で自分を危険にさらしますから)。

なお、ちょっと脇道にそれると、今回も「そんな奴は山奥に行け」というコメントがありましたが(ああ、このセリフ、これまで何百回浴びせられたことでしょうか!)、このセリフもおかしいのですが、それはともかく、じつは、日本の「山奥」には。最も悪質な「防災行政無線」という名の凶器があるのですよ(これについては、『AMENITY』に何度も取り上げましたが、後日論ずることにします)。

善良な市民は「社会に公認された苦しみ」しかわからない

こういう「考えていないゆえに強い」人には、身体障碍者の苦しみは「わかる」、しかし、エスカレータの放送がうるさいという人の苦しみは「わからない」という線引きが見事なほどなされていて、どっぷり社会の保護色と溶け合っている。だから、社会的に公認された苦しみだけしか「わからない」のです。

私見では、彼らは「善良な市民」であり、振り込め詐欺にかかった老人には心から同情し、それを警告する放送を「うるさい」という人を「わがまま」と断罪する。ヒトラーの時代にヒトラーの演説に目を輝かせて酔いしれたのは、こういう善良な市民たちでした。ニーチェはそれを「畜群」と呼んだ。この翻訳語は過度に侮蔑的響きがありますが、もともとのドイツ語は“Herde”、すなわち山羊や羊など家畜のこと。牧人の管理のもと、何の疑いももたずに同じ色合いに溶け込んで、安心している生き物です。彼らは、安全が確保されることを至上命題にしていますから、安全なうちはしごく穏やかなのですが、これをかき乱す者(音がうるさいという者)が出てくるや否や、凶暴性を発揮して、メタメタに撲滅してしまう。

動物行動学者のコンラッド・ローレンツがおもしろい(恐ろしい)報告をしている。一見、平和そうな鳩やハツカネズミの群れに、1匹だけ臭いの違う異物を入れると、その異物をかみ殺すのみならず、その群れはヒステリー現象のようにめちゃくちゃになって全滅してしまうそうです。恐ろしいことですね。

思わぬ「反響」により、忘れかけていた闘志がムラムラと湧いてきましたので、これから、しばらくこのテーマを続けることにしましょう。

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