あきらめない平成起業家の世界を変える"旅"

新世代リーダー trippiece CEO 石田 言行

とはいえ、起業は初めてだ。右も左もわからなかった。学生時代にインターンとして働いていた企業のOBだった榊原健太郎率いる、ベンチャーキャピタルのサムライインキュベートからの出資や、「うのあんいっち」時代からかかわりのあった旅行会社から協力を取りつけたが、会社を立ち上げてからサービスを軌道に乗せるまでの1年間は苦しんだ。「ゼロから1にするのがいちばん難しい。人を集め巻き込むこと、ウェブサービスを作ること、そして組織のトップに立つこと。すべてが初めてでした」。

ただ、石田はこうも語る。「あきらめないのが僕のいいところだと思います」。やめたい、という言葉を口にすることもなく、ただ突き進み続けた。「一度『あきらめる』という言葉を知ってしまった以上は、そう簡単にお手上げはできませんよ」。

今でも消えない後悔がバネに

一度あきらめた経験。実は石田は高校時代に大きな挫折にぶち当たっている。バドミントンだ。石田の父と祖父は全国でも有数のバドミントン選手だった。そんなこともあって、中学入学を機に始めた。ただ思うように強くなれない。父や祖父に近づけない。「何がだめかって、自分の努力不足が原因だと明確にわかっていたんです」。結局、高校で入ったバドミントン部を1年で辞めてしまった。「辞めてからの高校生活は楽しくなかった。今でも消えることのない後悔だし、ああ、後悔ってこういうことをいうんだと身にしみて感じました」。

何か自信を取り戻せるもの、すべてを賭けられるものが石田は欲しかった。そうして見つけた、いや、自分で作りだしたのがトリッピースなのだ。石田はトリッピースを「これがなかったら死んでしまうもの」と表現する。会社そのもの、サービスそのものが、自分そのものだという。大げさにも聞こえるが、「やっぱりどこかでそう思っているから、あきらめずにやってこられたと思います」。

そんな理念や覚悟が、人を引き付けてきた。「こいつが言ってるから、よくわかんねえけどやってやるか」。そう思ったエンジニアたちがトリッピースに集まってきた。「いいとか悪いとかじゃなく、こうじゃなきゃダメなんだ、というものを持っている人の下で、サービスを形にするのはすごくやりがいがある。エンジニアたちにはそう言われましたね」。

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