アメリカで機会格差の拡大が起きた理由 危機にあるアメリカン・ドリーム
そして、とりわけパットナムらしさが光るのは、コミュニティの違いについて論じた箇所であろう。現在の下層階級の子どもには、(上層階級の子どもやかつてのポートクリントンの子どもとは違って)進学や就職に役立つ知識を教えてくれたり、自らの範となってくれたりするような知り合いやメンター(助言者)などがいない。パットナムの考えでは、じつはそうした社会的ネットワークの違いも格差拡大の重要な一因なのであるが、彼はその点を「社会関係資本」や「弱い紐帯」に触れながら議論している。
というのが、本書の議論のおもな流れとポイントである。ところで、その議論で恐れ入ってしまうのは、ふたつの手法がうまく組み合わされている点だ。ひとつは、上層/下層階級の親子にインタビューを行い、彼らの実情を生々しく描き出すという手法。そしてもうひとつは、そうした実情がアメリカ全土で見られるものであることを示すべく、豊富な統計データを提示するという手法である。そのように質的研究と量的研究を巧みに組み合わせることにより、機会格差の拡大を説得的に示すとともに、その実情を読者に深く実感させることにパットナムは成功しているのである。いやはや。
「われわれに属しているもの」への意識の変容
もちろん、本書の内容はあくまでアメリカ社会に関するものである。しかし、本書の詳細かつ重厚な議論は、日本の読者にも間違いなく大いに参考になるはずだ。それどころか、格差社会の進展とこれからの対応を考えるにあたっては、本書はまぎれもない必読書といえるだろう。
なお、パットナムは本書で、機会格差の拡大を指摘するだけでなく、それへの対応策も議論している(第6章)。「機会格差を減らすことはできる」と題された節のその強いメッセージを、最後に引用しておこう。
“わが国の歴史の中で、社会経済的格差の拡大によってわれらの経済、われらの民主主義、そしてわれらの価値観が脅かされたのは初めてではない。こういった難題を成功裏に克服して機会の復活を目指すべく現在まで追求されてきた各個別の対応は、具体的にはさまざまに異なっているが、それら全ての根底にあるのは他人の子どもに対する投資への責任感だった。そして、そのような責任感の根底にあるのは、これらの子どももまたわれらの子どもなのだ、という根深い感覚だった。......今日のアメリカでは、こういった子どもに対する自身の責任を認めなければならない。アメリカの貧しい子どもも、確かにわれわれに属しているのであり、われわれも間違いなく彼らに属しているのだから。彼らは、われらの子どもなのだ。”
アメリカであろうと日本であろうと、同じことがいえるだろう。われらの未来は、われらの子どもとともにあるのだと。
(図版提供:創元社)
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