「いただきます」の日本語に隠された深い真意 悪には懺悔し、感謝の気持ちを持って生きる

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また、「いただきます」に漢字をあてるならば「頂きます」になります。「頂き」とは頂上を意味します。本来ならば、大切な他の「いのち」は尊敬の念を持って高いとこから授かるものです。しかし、実際に私たちが食事をしようとするとき、料理となって目の前に並ぶさまざまな「いのち」は、私たちの頭の位置より低い場所にあります。だから「いただきます」と言うときには、合掌しながら頭を下げて、他の「いのち」に対して尊敬の念を伝えるのです。実は、動作の中にも「いただきます」の真意が込められているのです。

「いただきます」を支える精神

しかし、ふと思うことは、「いただきます」という深い懺悔と感謝の気持ちが込められた言葉が作り出された背景には一体何があるのかということです。私はここに、日本人の「凡夫」(ぼんぶ/ぼんぷ)としての自覚があるのだと思います。

「凡夫」とは、仏教用語の一つで、「煩悩を断じていない愚かな私たち」のことをいいます。私たちというのは、煩悩(貪ること・怒ること・無知であること)を持つが故に自他共に傷つけながら生活しています。他を傷つけたくないと思っていても、結局は傷つけてしまうことや、結果的には傷つけてしまっていたということがあります。言い換えれば、私たちは巡り遇わせ(これを縁とも呼びますが)次第では、何をしでかすか分からないとても不安定な存在です。ここに人間の罪悪性があります。これが「凡夫」の姿です。

しかし、大切なことは、「凡夫」の自覚で終わらないことです。せめて意識できる目の前の悪に対しては懺悔し、感謝の気持ちを持って生活しようというのが、日本の素晴らしい精神なのだと思います。その精神の現れとして、「いただきます」という言葉と頭を下げる動作を生み出したのだと考えられます。

しかし、昔と比べると、今日の日本では「せめて意識できる悪」の認識の具合が低下しているように思えます。これは、「いただきます」という言葉の意味が表面的な内容でしか語られなくなっていることにも表れているのではないでしょうか。また、テレビ、インターネットなどのメディアを通して、信じられないような悲しい事件が目や耳に飛び込んできてしまう現実にも関係しているように思えます。

言葉だけではなく、その言葉の真意や精神をも引きついでいかなければならないと、「いただきます」という言葉の意味を考える中で学ばせて頂きました。

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大來 尚順 浄土真宗本願寺派僧侶

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おおぎ しょうじゅん / Shoujun Oogi

1982年、山口県生まれ。浄土真宗本願寺派僧侶でありながら、通訳や翻訳も手掛ける。龍谷大学卒業後に単身渡米。カリフォルニア州バークレーのGraduate Theological Union/Institute of Buddhist Studies(米国仏教大学院)に進学し修士課程を修了。その後、同国ハーバード大学神学部研究員を経て帰国。帰国後は東京と山口県の自坊(超勝寺)を行き来しながら、僧侶として以外にも通訳・翻訳、執筆・講演などの活動を通じて、国内外への仏教伝道活動を実施。翻訳著書も多数出版する傍ら、初級英語で仏教用語をやさしく解説した「英語でブッダ」(扶桑社)も非常に好評のほか、「お坊さんバラエティ ぶっちゃけ寺」(テレビ朝日系列)にも出演。
 

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