ハルキ小説の「英語版」はこうやって生まれた 「1Q84」「ねじまき鳥クロニクル」訳者が語る

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この年になっても日本語は面白いと感じます

翻訳は「創造」を伴う

それからですね。日本語の泥沼にはまったのは――。教科書はエドウィン・ライシャワー先生の本でした。ひらがなもカタカナも漢字も最初から教えるという、今ではちょっと考えられない教科書で、私が最初に触れた日本語はなぜか「竹と木」というフレーズでした。

とにかく英語とあまりにも違っていたので、もっと勉強しようと。哲学を専攻するという私のビジョンはどこかへ行ってしまいました。深い哲学の概念を考えるより、「お便所はどこですか」といった単純な日本語を覚えることばかりに時間を使ってしまったのです。

――翻訳をする際のご苦労も多々あるかと思います。

いえ、あまりにも日本語と英語がかけ離れた言語なので、面白いという気持ちのほうが強いです。

たとえば「さようなら」という言葉は、普通「Good bye」と翻訳しますが、文字どおりの翻訳ではありませんね。「雨が降るかもしれない」は「It might rain」ですが、実際に言っている意味とは違います。Rainは雨が降るという動詞として使われていますが、ならばItは何を指すのか、どういう意味か。

こう考え出すときりがないのです。日本語の「~かもしれない」という表現も、説明するのが難しい。逐語訳しても意味がないので、理解するには時間がかかります。だからこそ、この年になっても日本語は面白いと感じます。翻訳とは「創造」を伴うのです。

――現在は新しい作品の翻訳をされているそうですね。

ええ、私が翻訳するのはたいてい明治期あたりの作家で、今は永井荷風の『監獄署の裏』という作品を訳しているところです。多分、誰も知らないと思います(笑)。国に対する鋭い批判など、政治的な視点もあります。皆さんが思うような荷風の作風とは少し異なっていて、面白いと思います。読まれていないのなら、ぜひ日本の皆さんにおススメします。

(撮影:今井 康一)

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