泣くな小泉進次郞!農業改革の分厚い岩盤 農業村の抵抗に挑む青年代議士の闘い<前編>

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日本の農業は高い関税で米国などの農業から保護されてきた。それにもかかわらず、日本農業、特に最も保護されてきたはずのコメ農業が衰退するということは、その原因が海外にあるのではなく、日本の国内にあることを示している。それは、農協、農林族議員、農水省、農業経済学者という「産政官学」の関係者によって構成される農業村である。

農業村の中心にいるのは農協だ。農業、特にコメ農業が衰退する一方で、コメ農業に基礎を置く農協は大きく発展し、我が国第2位を争うメガバンクとなっている。日本のJAと呼ばれる農協は、世界の協同組合の中でも、日本の法人や協同組合の中でも、特異である。欧米の農協は、農産物の販売や資材購入、農業金融など、それぞれに特化している。日本でも銀行が他業を兼業することは禁じられている。しかし、JA農協は、銀行や生命保険、損害保険、農産物や農業資材の販売、生活物資・サービスの供給をはじめ、ありとあらゆる事業を行う万能の組織なのだ。

筆者はかつてあるジャーナリストから「欧米では農業保護のやり方を、高い価格ではなく財政からの直接支払いという方法に転換したのに、なぜ日本ではできないのですか?」という質問を受けたことがあった。考えてもみなかった質問なので、即答できなかった。が、一晩考えて、欧米にはなくて、日本にあるものがあると気づいた。農協である。

圧力団体として日本医師会は有名だし、欧米にも、農業の利益を代弁する政治団体は存在する。だがこれらの団体自体が経済活動を行っているのではない。日本の農協は、政治団体であり、かつ経済活動を行っている。このような組織に、政治活動を行わせれば、農家の利益と言うより、自らの経済活動の利益を実現しようとすることは、容易に想像がつく。その手段として使われたのが、高米価・減反政策だった。

農業滅びて、農協栄える?

戦後農家が闇市場に売ろうとするコメを政府に集荷させるため、戦前の統制団体を衣替えして作ったのが、農協である。農協はその生い立ちからコメ農家の維持にこだわった。この50年間で戸数が40万戸から2万戸へ大幅に減少した酪農のように、零細な兼業農家が農業から退出、少数の主業農家中心の水田農業となってしまえば、水田はもはや票田としての機能を果たせなくなるからだ。

高米価政策で、コストの高い零細な兼業農家が農業を継続したため、農協は組合員数を維持できた。それだけではない。多数のコメ農家は兼業収入や年金収入、農地を転用して得た年間数兆円にも及ぶ利益を、JA農協バンクに預金し、農協を日本第2位のメガバンクにした。

農業が衰退するのに、農協が発展したというよりも、農業を衰退させることによって、農協は発展したという方が正確だろう。高米価で兼業農家を維持したことが、銀行業務などありとあらゆる事業を行う権限を与えた特権的な農協制度と、うまくマッチしたのである。(敬称略)

   後編「泣くな小泉進次郎!農協への『要請』で終わる」に続く>

山下 一仁 キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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やました・かずひと / Kazuhito Yamashita

キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹。1955年生まれ。77年東京大学卒業後、農林省(当時)に入省。2009年キヤノングローバル研究所客員研究員。10年から現職。農学博士。『日本の農業を破壊したのは誰か』(講談社)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『環境と貿易』(日本評論社)、『国民のための「食と農」の授業』など著書多数。

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