渋谷駅は、なぜあんなに複雑になったのか

良くも悪くも「歴史の積み重ね」

ビルの3階に吸い込まれていく地下鉄は渋谷ならではの風景だ

館内に劇場や屋上遊園地も備えた東横百貨店は、本格的ターミナル・デパートとして1934(昭和9)年11月1日に開店。「便利よく、良品廉価、誠実第一」とのモットーが認識され業績も好調だった。1937(昭和12)年には隣接して「東2号館」が増設された。

豪腕で知られる五島慶太の事業拡大は旺盛なもので、周辺の鉄道会社を次々と買収していった。前途の「玉川電気鉄道」も東京横浜電鉄に買収のうえ合併。玉川電気鉄道が建設した「玉電ビル」は後に東横百貨店西館となったが、このビルは2階に玉川線の乗り場、3階には現在の東京メトロ銀座線(当時は東京高速鉄道)の渋谷駅が設けられた。

銀座線渋谷駅は1938(昭和13)年に開業。宮益坂の横から飛び出した地下鉄電車が、高架橋を渡ってビルに呑み込まれるシーンは、当時はかなり斬新だっただろう。東京高速鉄道の常務でもあった五島の、地下鉄事業への力の入りようが窺われると同時に、渋谷が「谷間」にあることで複層的になった鉄道の姿を知ることができる。なお東京横浜電鉄は1942(昭和17)年に東京急行電鉄と社名変更された。

渋谷に建ち並んだ近代建築

坂倉準三が手がけた東急百貨店東横店南館と西館(筆者撮影)

約7年にわたって続いた第二次世界大戦で、渋谷の開発は一時中断されたが、戦後復興から高度経済成長期へ進むなかで、再び開発の波が押し寄せた。

東横百貨店「東館」は「東2号館」への増築(1951年)に加え「東3号館」を新設(1956年)。旧玉電ビルの「西館」は地上11階、地下2階建へと大幅に増築し「東急会館」としてオープンした(1954年)。続いて「南館」を増設(1970年)、渋谷駅は東横百貨店に囲まれていった(1967年からは「東急百貨店」に改称)。

この時期に渋谷の街をデザインしたのが坂倉準三。「近代建築の三大巨匠」と呼ばれるフランスの建築家ル・コルビュジエの門下生である。それぞれの建物が空中に架けた連絡通路で連結された渋谷駅周辺の構造なども、坂倉によってデザインされたものであった。

坂倉の活躍からすでに60年が経過しようとしている。ターミナルとして大発展した渋谷は、絶えず発展と変化を続けるなか、一部には増築による利便性の低下が否めずに再開発のメスが入った。現在進行する5地区・街区にわたる再開発のプロジェクトのなかでも、JR渋谷駅本体も含む「渋谷駅街区開発計画」では、「東棟」「西棟」「中央棟」の3棟のビルを建設予定だ。

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