酒は大人の教養である―その7.日本酒(後編)
寒さがきびしくなってくると、逆に魅力が増すのが燗酒。特に、日本酒党が好むのが、「ぬる燗」。
そう、湯煎をした徳利の中から、泡がひとつふたつ上ってきたところで火からおろし、米からできた酒の旨味を存分に味わう、あの「ぬる燗」です。
「居酒屋」が、現在のように、和洋中、何でもありのチェーン店の代名詞になる前は、居酒屋というと、純粋に日本酒だけを楽しむ酒場で、そこには必ず「お燗番」と呼ばれる燗酒の名人たちがいました。
「熱燗」は55~60℃、50℃前後は「上燗」、そして40~45℃は「ぬる燗」。
お燗番は、温度計も使わず、客の好みに合わせて、この3通りから、常連ともなると、さらに細かい「きょうは格別に寒いから、熱燗ちょっと手前」なんていうリクエストにも、ぴたっと、好みの温度の燗酒を出す、手品師のようなプロフェッショナルです。
もともとは、京都や金沢のお茶屋文化から生まれたもののようですが、客の好みに合わせて、酒の温度まで調整して提供する、こんなきめ細かなサービスは、日本人ならではのものと思います。
手間ひまかけて、味を守る。蔵の歳時記、春~夏。
燗酒が旨い2月は、酒蔵にとっては、一年でいちばん多忙な時期。
そんな蔵の様子を、引き続き、伊達藩主から塩竈(しおがま)神社のお神酒作りの命を受けたことから酒造りが始まったという、宮城の銘酒、浦霞(うらかすみ)の荻原 浩氏に語っていただきます。
「前回もお話ししましたが、寒さが厳しいこの時期は、《寒造り》と言って、日本酒造りには最適の環境です。その分、蔵人たちには過酷なわけですが、目標とする味を作造り出すためには、冷え込みのゆるい時は扇風機を使ったり、洗米後の吸水時間をストップウォッチ片手に計ったり、全身全霊を使って、作業を行っています」
酒蔵では、扇風機は冬に使うんでしたね。
「そうなんです。そして、東北に遅い春がやってくる4月、その作業も終了。11月からおよそ半年にわたって酒造りを手伝ってくださった南部の蔵人さんたちが、地元岩手に帰郷されます」
半年も、一緒にそんな厳しい作業を続けてこられたら、もう家族みたいな感じになるのではありませんか?
「ですね。なので、蔵人さんたちが帰られる前には、社長も同席し、地元の蔵人とともに、労をねぎらって《造り仕舞》を行います」
慰労会をするんですね。どんな酒肴が並ぶんでしょう。想像すると、涎が出そう……。あ、失礼しました。
「かまいませんよ。まぁ、塩竈は、海の幸の宝庫ですから、そこから想像していただければ」
バーを閉めて、取材に行きたいです。
「…えーと、次は5月なんですが、この月は、酒蔵にとって大事な《全国新酒鑑評会》があります。浦霞には2つの蔵があり、それぞれ杜氏がおりますが、両名とも、この鑑評会での金賞を目標に酒造りに励んでおります」
日本酒のオリンピックみたいなものなんですね。
「そうですね。そして、初夏になると、貯蔵タンクのお酒を抜き出してテイスティングする、重要な品質検査を行います。色や香り、味などを見るわけですが、このときにお酒を抜き出すため、貯蔵タンクの出口である《呑み口》を切ることから、《呑み切り》と言い、その年の初めての呑み切りは《初呑み切り》と呼ばれます。これもまた、酒蔵の大事な行事です」
いろいろな用語があるんですね。それだけ歴史の長い酒ということですね。
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