──最初はハードルが高い?
さいとう:いやもう、邪魔だ邪魔だ、ですよ。撮りだした頃は「何撮ってるんだよ、バカヤロウ」だったのが、いつの間にか「何で撮らないんだよ」になっていった(笑)。築地に通い始めた頃は素人はほんとに相手にされなくて、たまたま横にいた主婦が仲卸店で値切ろうとしたら、「来なくていいよ」と追い返された。素人が何で値切るんだよと。
冨岡:河岸の中はプロの商売なので、素人がそれに口出すってことを仲卸はいちばん嫌うんです。
さいとう:品物見て、これちょっと落ちるから安くしろって交渉は、プロ同士の相場観で成り立つんであって、素人がいきなり来て「安くしろ」ってのはとんでもないと。
博物館から築地市場へ
──冨岡さんは博物館から築地市場へ転職したのでしたよね?
冨岡:ちょっと違う仕事をしてみようとハローワークへ行ったら、築地市場を紹介されまして。大物業会の事務職で、場内の店を回って連絡役をしたり、何でも屋ですね。
──大物業会?
冨岡:マグロ仲卸の団体です。河岸ではマグロを大物って呼ぶんです、大きいから。面接の電話したら、「じゃあ正門のとこまでターレ(構内運搬車)で迎えに行くよ」と。人をかき分けようやく事務所に着いて、戸をガラッと開けたらねぎま鍋が煮えてて。畳部屋に上がると大きなマグロ包丁が置いてある。掛け軸を背に格幅のいい人たちが「キミは魚が好きか」と聞く。
実は私は魚嫌いだったんだけど横の包丁が目に入って、「あ、はい」と返事しながら、ここは足を踏み入れちゃいけない場だ、さっさと逃げようと。あまり慌てたもんで、途中で定期券を落としてきたことに気づいた。そしたら向こうからオジサンたちが「おーい、忘れ物だよ~」と叫びながら走ってくる。もう入らないわけにいかないでしょ。で、翌日から河岸の人間になりました。
──本の中では、築地の人たちが個性的に描かれていますね。
冨岡:卸売りの人は骨太で声と態度が大きく、水産取引限定のバイリンガル。河岸を体現する仲卸は、片手に手かぎ、腰から手ぬぐい、長靴にスポーツ紙を差し、全員名人を自負している。荷役作業の小揚(こあげ)、軽子(かるこ)はメチャクチャに見える物流動線で巧みに荷をさばく。買出人も今や主役は量販店の鮮魚バイヤーで、難しい顔で歩いてたらそれは原価計算に必死の料理人。まあかなりデフォルメしてますが。花形はやはり大物師ですかね。マグロ解体のパフォーマンスや競りは派手なので。
さいとう:でもドジな人もいっぱいで、それがまた面白い(笑)。しょっちゅう包丁で手を切る魚屋さん、あちこちぶつかりまくるターレの運転手。ターレに乗ったまま2時間エレベーターに閉じ込められる人。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら