「鈴木敏文」が引退直前に漏らした自己批判 セブン&アイ革新への執念もにじむ

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最後の「業革」でも花束贈呈などセレモニーめいたものは一切なく、スピーチを終えると鈴木会長はすぐ会議室を後にした。ビジネスライクな鈴木会長らしいが、最後まで積み残された課題もある。

流通界のカリスマが去った後の真価が問われる(撮影:今井 康一)

「イトーヨーカ堂は本当にみじめな成績でした。これは私自身の指導力のなさをはっきり世の中に示したと思います」。5月11日午後、東京・品川の新高輪プリンスホテルでセブン&アイの「お取引先懇親会」が開かれた。メディアをシャットアウトした会場で、鈴木会長は参加者が驚くほど率直に反省の弁を述べた。

「指導力のなさ」とは、ヨーカ堂の最高益が途絶えた1993年2月期以降に、商品政策の改革ができなかったことを指す。鈴木会長の話は続く。「もし自分で現場に入り、踏み込んだ仕事をしていれば、こんなことにはならなかった」「ここまで落ちてしまえば、営業の人もこのままではダメだと気付くだろう」。

週刊東洋経済は5月28日号(23日発売)で『セブン再出発』を特集。「教祖」がいなくなったセブン&アイを新経営陣がどう運営しようとしているのか、当事者の肉声を交えて徹底的にリポートしている。

セブン-イレブンへの完全なる依存

セブン&アイは2016年2月期まで5年連続で最高益を更新してきた。だがそれは、完全にセブン-イレブンへ依存したものだ。

鈴木会長が手塩にかけて育てたセブン-イレブンはコンビニ業界で圧倒的な地位を築いている。その優位は鈴木会長がいなくなっても、すぐに揺らぐことはないだろう。しかし、ヨーカ堂は衣料部門の不振など深刻な課題を抱え、今後の展望が見いだせない。

鈴木会長は常々、セブン-イレブンの手法を学ぶことでヨーカ堂も復活できると主張してきた。しかし、鈴木会長が主導した商品政策は奏功することなく、苦境は深まるばかりだった。総会屋事件による伊藤氏の辞任を受けて、鈴木会長がヨーカ堂社長を兼任したのは1992年のこと。それから四半世紀近くたつが、ヨーカ堂の閉塞状況を打開することはついにできなかった。この間、「ヨーカ堂は過去の成功体験を忘れられず、新たな挑戦ができない」と鈴木会長は繰り返してきた。

5月11日の取引先懇親会でも「とにかく『慣れ』と『成功体験』から脱却しないといけない」と話したが、ヨーカ堂社内で過去の栄光を知る世代はむしろ少数派だろう。「成功体験などない」というのが社員の本音かもしれない。この状況で身を引くのは、鈴木会長にとっても心残りなはずだ。

また、ライバルらしいライバルがいないセブン-イレブンも盤石ではない。フランチャイズビジネスであるコンビニはつねに売り上げを拡大していかないと、新たな加盟店の獲得も難しくなる。絶えざる革新の必要を感じているからこそ、鈴木会長は周囲からみて十分な実績がある井阪社長にも「物足りなさ」を感じたのだろう。鈴木会長の危機感が杞憂かどうかは、今後の新経営陣のかじ取りしだいだ。

西村 豪太 東洋経済 コラムニスト

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にしむら ごうた / Gota Nishimura

1992年に東洋経済新報社入社。2016年10月から2018年末まで、また2020年10月から2022年3月の二度にわたり『週刊東洋経済』編集長。現在は同社コラムニスト。2004年から2005年まで北京で中国社会科学院日本研究所客員研究員。著書に『米中経済戦争』(東洋経済新報社)。

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