鉄道マンを育てた「幻の絵本」がついに復刊! 乗り物絵本の第一人者が描いた「山手線一周」

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高田馬場駅の場面で登場し、いまも現役で走る西武鉄道の2000系電車(写真:tarousite/PIXTA)

幼いころ、この本や山本さんの乗り物絵本に心を動かされたのは飯島さんだけではない。検証や確認に関わった何人もの鉄道マンが『でんしゃがはしる』を愛読していた。鉄道関係のイベントや企画でつながりのあった飯島さんから復刊についての相談を受けた西武鉄道沿線事業企画部の手老善さんも、幼少期に山本さんの乗り物絵本で育った一人だった。

手老さんは「山本さんの絵本は『しゅっぱつ しんこう!』を幼い頃から何度も何度も読み返していた。鉄道のワクワク感が印象に残り、後に交通に関わる仕事を志望するのにつながった原点のひとつ」だといい、『でんしゃがはしる』復刊の話を聞いて「以前から読み返したいと思っていたのでとても嬉しかった」と語る。

絵本に描かれた電車の多くがすでに東京からは消えてしまった中、高田馬場駅の場面で登場する西武鉄道の黄色い電車、2000系はいまも現役で走り続けている。手老さんは「高田馬場の場面で出てくる2000系が現役のうちに復刊され、絵本と一緒に実車を見られることがうれしい。子どもたちにも、懐かしい同世代にも読んでほしいし、今の子どもたちが鉄道にワクワクするような仕事をしていきたい」と、鉄道に関わる原点の一つとなった絵本の復刊を喜ぶ。

人生に影響を与える絵本

最終的に、復刊にあたっては絵についてはオリジナルを尊重して修正は加えず、その方針を記したページを加える形となった。一方で電車の形式や路線名といったテキストの間違いは、徹底した検証を基に修正が加えられている。

今年2月に群馬県高崎市で開かれた「たかさき絵本フェスティバル」。会場では山本さんの生誕100年を記念した原画展が行われ、代表作『しょうぼうじどうしゃ じぷた』に登場する小さな消防車「じぷた」を再現した車も展示された。そこで講演した古川さんに、一人の男性が声をかけてきたという。彼は子どもの頃、小さな消防車の「じぷた」が活躍する絵本を読んで「身体が小さくてもがんばれるんだ」と感銘を受け、いまは消防士として働いている・・・・・・と語ったという。

「子どもの時に読んだ本が、自分がどんな仕事で世の中の役に立とうかというときに大きな影響を与えるというのは、我々絵本を編集している人間にとっては本当に嬉しい」と古川さん。そして、今回の復刊にあたって検証に協力したのも、まさに幼い頃に山本さんの絵本に影響を受けて鉄道に憧れ、その夢を叶えた現役の鉄道関係者たちだった。

38年の時を経て復刊を果たした「でんしゃがはしる」。3月には新型車両も運転を開始し、絵本の刊行当時からは3世代目となる新時代に入った山手線だが、絵本の中を走る黄緑色の「やまのてせんでんしゃ」は、幼少期に鉄道に憧れた大人たち、そして本を新たに手にする子どもたちの心の中を、これからもずっと走り続けるに違いない。

小佐野 景寿 東洋経済 記者

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おさの かげとし / Kagetoshi Osano

1978年生まれ。地方紙記者を経て2013年に独立。「小佐野カゲトシ」のペンネームで国内の鉄道計画や海外の鉄道事情をテーマに取材・執筆。2015年11月から東洋経済新報社記者。

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