10万年の世界経済史 上・下 グレゴリー・クラーク著/久保恵美子訳 ~知的興奮を覚える人類史最大の謎を巡る議論
世界には豊かな国と貧しい国があるが、1800年まで、1人当たりの所得が増大することはなかった。それは、豊かになれば人口が増大し、結局1人当たりの所得が増えることはないというマルサスの罠の状況にあったからだ。
本書はさらに、1800年の世界の人口の大半は、狩猟採集の石器時代の人々よりも貧しかったという。寿命や身長が伸びていないこと、1800年のほうが労働時間が長かったこと、食生活が単純だったことなどから、そういえると主張する。また、狩猟採集民の社会は平等に近かったが、農耕社会は不平等なので、庶民の生活水準は石器時代より低かったとも指摘する。
スミスの『諸国民の富』も、不平等な文明社会のほうが狩猟採集社会よりも豊かなのは分業があるからだという指摘から始まっているのだから、この主張は意外なものである。しかし、著者はさまざまな例を挙げて、この主張を裏付けようとする。土地が広範にあれば、原始的な技術でも効率的な食糧生産が可能だという。また、現在では、多くの国はさらに貧しくなった。その理由は、近代医学の発達によって、生存に必要な物資が石器時代より少なくなり、このことが1800年に貧しかった国を、もっと貧しい国に追いやっているという。
では、マルサスの罠の時代がこれほどまでに長く続いたのはなぜか。罠からの脱出が英国で1800年ごろに始まったのはなぜか。「大いなる分岐」(一つの国の中の所得格差は縮小してきたのに、特定の国々が豊かになるにつれて世界の国の間の所得格差が拡大してきたこと)が起きたのはなぜか。
経済学者は、貧しい国々の社会制度に問題があるとしてきたが、この議論では「大いなる分岐」は説明できないと著者はいう。なぜなら、中世イングランドの制度は、財産の保障、税率の低さ、労働・資本・土地の市場化、物価の安定などの条件において、現在よりもむしろ優れていたからだ。だから、人々は基本的に同じであり、それを取り巻く制度が異なるからだという理論では、1人当たりの所得の上昇を説明できないという。また、世界には多くの社会があるのに、なぜすべての社会が効率を阻害するような制度を採用してきたのかという問いにも答えることはできないと指摘する。
著者はそのうえで、自身の説を挙げる。すべての読者が、著者の議論に説得されないにしても、人類史の最大の謎である「大いなる分岐」を巡る議論に、心地よい知的興奮を覚えることは間違いないだろう。
Gregory Clark
米国カリフォルニア大学デービス校経済学部教授。1957年生まれ。1985年ハーバード大学でPh.D取得。英国とインドの経済史、長期にわたる経済成長を研究している。
日経BP社 各2520円 上315ページ、下334ページ
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