給料はなぜ上がらない−−6つの仮説を読み解く【上】

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 この仮説を否定する経済学者はほとんどいないが、実はこれをデータにより明確に立証する実証研究は意外に少ない。既存の研究では、グローバル化は一般に労働分配率を低下させる傾向があるものの、国や地域で影響は異なることが指摘されている。日本に関しては、輸入品の価格低下がむしろ、自国民の賃金を上げるとの研究結果も出ている。

それはこういうことだ。日本では安価な輸入品に駆逐された産業はもともと生産性が低い傾向があった。短期的にはこの産業で賃下げが行われるが、最終的には淘汰され、より生産性の高い産業に労働力が移動するため、日本全体で見れば、賃金はむしろ上がるという説明である。

ただ、実際の春闘交渉を見ると、グローバル競争は着実に賃金抑制に働いている。今春闘でトヨタ自動車は「昨年、中国メーカーは新興国・資源国への輸出を拡大し、60万台を記録した。われわれの脅威になっている」(木下光男副社長)と労組に説明した。今現在、”安かろう悪かろう”の中国車が輸出市場で直接日本車と競合しているとは考えにくい。だが、将来の中国車メーカーの技術力向上を予想すれば、当然それは現在の賃金抑制にはね返る。
 
 また、グローバルな製造業では海外事業が成長すれば、現地での再投資や人材確保に優先的に資金を振り向けるため、国内の労働分配率は低下しやすいとの指摘も多い。長期的にグローバル化が日本の賃金にどんな影響を与えるかは慎重な検証が必要だが、短期的には労働分配率の低下につながりやすいことは、企業の労使とも認識しているといえる。

第2の仮説は「隠れ人件費」説だ。

大企業の総人件費は、労働分配率の低下に伴って00年以降、一貫して減少を続けている。だが、この総人件費を人員数と1人当たり人件費に分解すると、興味深い事実が明らかになる。人員数はリストラにより毎年減少しているが、1人当たり人件費は00年と05年を除いてむしろ増加傾向にあるのだ。

この分析を行ったみずほ総合研究所の草場洋方シニアエコノミストは「1人当たり人件費の増加は人員構成の高齢化に加え、退職給付費用や社会保険料の企業負担増の影響が大きい」と言う。特に今、企業の賃金抑制のインセンティブになっているのが、厚生年金の保険料率上昇だ。

04年の年金制度改正で厚生年金の保険料率は17年度まで毎年段階的に上昇していくことが決まった。これによる企業負担の増加は、25年時点で数兆円と推計される。

保険料率アップが厄介なのは、賃金を上げなくても企業の人件費負担は確実に増加していくことだ。「さらに人口減少で、社会保険料などの一段の企業負担増のリスクがあるし、賃金を上げると企業年金の将来債務が増えるという側面もある」(草場氏)。

このように社会保障負担の増加で実際に労働者が手にする賃金が抑制されるうえ、年金給付の減額など将来不安の増大で、現在の消費より貯蓄を重視する家計の傾向も指摘されている。人口減少は二重の意味で個人消費に影を落としている。
(=週刊東洋経済)

【下】は3月30日に配信予定です

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