山本寛斎がデヴィッド・ボウイと出会った日

華麗で、大胆なステージ衣装の数々

華麗で、大胆なステージ衣装は山本寛斎さんが手がけていた

華麗で、大胆なステージ衣装の数々

当記事は「GQ JAPAN」(コンデナスト・ジャパン)の提供記事です

1曲歌い終わったボウイに、両側から黒い服を着たスタッフが駆け寄った。すると服が割れ、異なる衣装が現れた──。

デヴィッド・ボウイの訃報を聞いて、多くのファンの頭をよぎったのは「ジギー・スターダスト」時代の華麗で、大胆なステージ衣装の数かずだったはず。

デザインしたのは、山本寛斎さん。扇のようなパンツが特徴的な黒いジャンプスーツ(その名も「トーキョーポップ」)に身を包んだボウイの姿は、世界に衝撃を与えた。宇宙から降り立ったスターマンとも呼ばれた70年代のボウイのシアトリカルなステージは、山本寛斎さんの服を抜きにして語れない。

「私の服をボウイが着てくれたきっかけは、ロンドンの、今の言葉で言うところのセレクトショップでした。そこで扱っていた私の服、「因幡の素兎」(いなばのしろうさぎ)というジャンプスーツを彼が個人的に買って、ステージで着てくれたんです」

山本寛斎さんは、東京・三軒茶屋のオフィスで当時を回想する。

次ページ服はどのような存在なのか?
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