さて、そんな中で僕個人の感情を正直に言うと、「命令」ではなく「質問」のほうがむしろ怖いのではないか、と思っています。
ゲームばかりしていた僕に、母が言ったこと
というのも、自分自身にも少し似た経験があるからです。僕が勉強もせず、ゲームばかりしていたときのこと。ふと、「こんなにゲームばっかりやってていいのかな」と口にしたことがありました。すると母親は、「さあ?」とだけ返してきたんです。
これが、妙に怖かった。
「ゲームなんてやめて勉強しなさい」と怒られたほうが、ある意味では楽だったかもしれません。怒られれば、「言われたからやる」という形にできます。責任の一部を親に預けられるからです。でも、「さあ?」と言われると、急に自分で考えなければいけなくなる。「で、君はどうするの?」と突き返されたような感覚になるんです。
命令されることよりも、自分の意思に向き合わされることのほうが、実はずっと重い。東大生の親がやっているのは、ただ優しく見守ることではなく、子どもに“自分で考える責任”を持たせる関わり方なのかもしれません。
だから、「東大生の親は『勉強しなさい』と言わない」という話を、そのまま「何も言わないのが正解」と受け取るのは少し違う気がします。大事なのは、命令しないことそのものではなく、子どもが自分で考えるような問いかけをしていることなのではないでしょうか。
東大生の家庭での声かけについては、まだまだいろいろなパターンがあるはずです。今後も、「東大生の親はどんなふうに子どもに接しているのか」という点は、引き続き検証していきたいと思います。
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