「売上ゼロ」でも来期5億円と断言…24歳のサイバーエージェント藤田晋が事業を急成長させた"ハッタリ発言"の凄み
私は新卒で就職した「インテリジェンス」から出資を受けて、会社を立ち上げることになりました。ところが、肝腎な事業内容が決まっていません。
一番簡単なのは、インテリジェンスと同じ人材関連ビジネスでしょう。人材業界のことなら、新卒1年目の私でも、かなり勝手がわかります。事業プランだっていくらでも思いつくでしょう。でも、自分たちの会社に「出資してくれる」というインテリジェンスと同様の事業を始めれば、迷惑をかけかねません。
そこで私は、インターネットビジネスに注目します。インターネットは1996年頃から脚光を浴び始めており、無限の可能性を感じました。草創期のインターネット業界は若い人たちばかりですから、若さが武器になるはず。そんな私の読みは見事に的中しました。
「一度、説明させていただけませんか。参考になる話もできるかと思います」
そんな営業の電話をかけ始めると、面白いようにアポイントが取れます。私たちが見込んだ通り、インターネット業界には技術者はいても、営業に長けた人や会社はほぼゼロで、多くの会社はネット周りの情報に飢えていたのです。
こうして1998年3月、24歳の私はサイバーエージェントを立ち上げました。
社員ゼロでも「2年後に上場」宣言
創業間もない時期の私は、とにかくポジティブな発言を心がけていました。
実績も資金もない中で会社を育てるには、注目を集めることが大事と思ったからです。幸い、当時はインターネット・バブルの追い風が吹いていて、チャンスタイム。仕事は潤沢にあり、「資金を出したい」という人まで何人も現れました。
最初に借りたオフィスの家賃は月額40万円。敷金や礼金、必要なオフィス家具などを揃えると、それだけで500万円以上もかかります。私たちの実力以上のオフィスでしたが、「頑張れば会社の実態をオフィスに近づけられるはず」という覚悟で、そこに決めました。
「信頼できるメディアへの露出が飛躍のチャンス」と考えていた私は貪欲でした。
起業1カ月も経たない頃、知り合いの紹介から、日本経済新聞の取材がトントン拍子に決まったことがあります。
「どのくらいの売上規模を見込んでいますか?」と記者に聞かれた私は、「来期、5億円を目指しています」とお答えしました。当時のサイバーエージェントは何もない状態。完全にハッタリです。
しかし、それが功を奏したのでしょう。日経新聞の土曜版で1ページの3分の2を使って、弊社の紹介記事が掲載され、大きな反響をいただきました(実際、翌年99年9月末の時点で、売上高は5億円になっていました)。


















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