小泉・安倍政権も泣かされた「チルドレン」の宿痾、圧勝の高市政権が抱え込んだ66人の新人議員という"時限爆弾"

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片山さつき財務相や赤沢亮正経済産業相、木原稔官房長官といった高市政権の要となる人材も当時の初当選組で、文部科学相を務めた永岡桂子氏や阿部俊子氏、稲田朋美元防衛相などの女性政治家もこのときに政界入りを果たしている。

片山さつき、赤沢亮正、木原稔
(左から)片山さつき財務相、赤沢亮正経済産業相、木原稔官房長官といった現役閣僚も「小泉チルドレン」だった(写真:ブルームバーグ)

彼らは「83会」を結成したが、中でも最も目立ったのが南関東ブロック35位で当選した杉村太蔵氏だった。うれしさのあまり「料亭へ行ってみたい」「JR乗り放題で、しかもグリーン車」と満面の笑顔で取材陣に発言して、メディアを騒がせた。

これに手を焼いたのが小泉政権で「偉大なるイエスマン」を自認した武部勤幹事長(当時)だった。生みの親として「新しい風」を結成し、新人教育を行おうとした。「新しい風」は二階俊博氏の「新しい波」とともに当選回数の少ない議員の受け皿となったが、何かと話題の「83会」のメンバーの不祥事が目立ち、「波風」と揶揄された。

居場所を失っていった「83会」

それでも小泉政権時はよかったが、06年12月に平沼赳夫氏以外の11人の郵政民営化反対の議員の復党が認められ、藤井孝男氏の参院選での自民党推薦が決まり、衛藤晟一氏も復党するなど、「83会」の居場所はどんどん狭められていく。

07年の参院選での自民党敗退を受けて幹事長に就任した麻生太郎元首相は「83会」を役職から外し、08年の総裁選で麻生元首相を支持した菅義偉元首相も、「83会」を優遇する姿勢を見せなかった。

そうした逆風が影響したのか、「83会」のメンバーで09年の衆院選で当選したのはわずか10人にすぎなかった。猪口氏と杉村氏、清水清一朗氏は出馬せず、福田良彦氏は08年に山口県岩国市長に転じ、鍵田忠兵衛氏は09年に奈良市長選に出馬。山内康一氏はみんなの党に移籍している。

09年の衆院選で、自民党は119議席しか獲得できず、改選前から181議席も減らした。政権交代の風が吹いたとともに、「83会」のメンバーの多くが議席を失った影響は小さくない。

一方、この衆院選で民主党は308議席を得て念願の政権を獲得したが、こちらも143人と多数の新人議員を輩出した。その中には、03年の衆院選に無所属で出馬して落選した国民民主党の玉木雄一郎代表が含まれる。

このときの衆院選で指揮を執ったのが小沢一郎氏で、多数の「小沢ガールズ」を誕生させた。故・石田博英元運輸相を祖父に持つ三宅雪子氏もその1人で、出馬のときから話題となった。検察官だった山尾志桜里氏も小沢氏が抜擢した1人だが、「小沢ガールズ」と見なされることを拒否し、10年の民主党代表選では菅直人元首相の推薦人になっている。

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